第56隻目 テロリズム
会議終了後、オガタは参謀本部の食堂に招待された。
各方面軍司令クラスはホログラムによる会議であったが、参謀本部で勤務する参謀本部長アカツキ、作戦本部長ルーデンドルフ、総艦隊司令長官ベネット、即応師団艦隊司令ロマネスト、スキュタム方面軍司令ベーネル、サジタリウス方面軍司令長官ハーン、地球地上警備隊司令ベンツ。などなど錚々たる面々が帝都地球の参謀本部にそろっていた。
彼らが集まったのは軍隊蟻の動向に対処するのが目的ではなかった。
それは速やかに叩くことが既に決定事項であり、人類および知的生命体の生存する地域にさえ影響が出なければBL爆弾を使用することが秘密裏に合意されていた。
であるならば、なぜ彼らが一同に会していたのか。それはもう一つの問題が生じたためである。
「3月27日に第21師団艦隊ヘンドリクセン司令が反戦派によるテロにより重傷。4月5日には第9補給支援艦隊アンドラス副司令がテロにより重傷。前兆として半年ほど前から左官クラス以上の者がパブや居酒屋などで襲撃されるテロ事件が頻発しております」
「テロリズムか。まったくこの非常時に」
警備隊司令のベンツからの報告は直近におきた襲撃事件のいくつかである。
現状は死者こそ出ていないが、いまだ出ていない奇跡的な状況である。
「佐官以上を襲うあたり、ただの突発的テロリズムではありませんな。意思の統一を図った集団でしょう」
眼鏡を押し上げつつベーネルが述べるが、彼もまた襲撃されかけている。それは未遂に終わっているが、彼が街のパブで引っかけていた時にバールのような物やハンマーなどで襲われていた。が、一緒に飲みに来ていた陸戦隊員によりそれらは取り押さえられていた。
「そんな当たり前のことを今更言うな。それ以外に何があるっていうんだ」
ベーネルの言葉に食い気味でアカツキは答える。
アカツキの言うことは尤であるが、彼の苛立った声と合わさり会議室内にピリピリとした空気が漂う。
「佐官以上……それも私服着用時に襲われるということは、彼らの組織は我々の顔を知る人物がいるということです。軍人の個人情報は軍機により秘匿されているはずです。それが漏れている以上、内通者がいるのは明白でしょうな」
オガタも現状考えられることを述べた。
内通者がいなければこのような襲撃事件など不可能である。
「然り。だが内通者探しを我々でするのは不毛の極み。しかしながら、どこの誰が手引きしてるのかくらいは、皆さんならお判りでしょう」
ルーデンドルフの言葉に一様に皆うなずく。
「口に出すのも憚られますが彼。いや彼らでしょうな」
「わずか4年前までは与党第一党だった、民主政党……いまやその弱腰姿勢から議席数を5分の1にまでに減らしています」
ロマネストは言いながら煙草を吸い始めた。
ついでにとばかりに他の喫煙者数名も相次いでタバコを吸い始め、室内はモクモクとした紫煙に塗れていく。若干名はタバコの煙を嫌がって、手で鼻元を塞ぐ仕草を取っていた。
「彼らが再び政権を握るためには、まずは反戦主義者を増やす必要がある。それがこのテロ行為……さすがにそれは飛躍しすぎないか?」
出来過ぎてる話にオガタは若干首をかしげていた。
「このままでは我々軍人は守るべき市民に易々と背中を向けられない。これでは戦争どころではない。よって可及的速やかに解決すべき事案だ」
「ではどうしますか? 彼らの政党本部に砲弾と爆弾の雨でも降らせるとは言わないでしょう」
「冗談を言うな。それをすればここにいる人間の顔はすべて変わる羽目になる」
堂々巡りの議論が始まる中、突如として食堂の扉が開かれる。
「会議中だ!」
「も、申し訳ありません。ですがこちらの映像をご覧ください!」
いいつつ伝令の士官は食堂のモニターをニュースチャンネルに合わせた。
『さきほど首都星地球北アメリカ州で爆弾テロが発生しました。現場は繁華街で込み合ったなかで、突如として爆発が発生し、現場は混沌としています。被害は数千名規模とみられ、宇宙歴に入ってから最大の爆弾テロです。地元当局は昨今頻発している反戦主義団体によるテロとみて捜査を進めています』
そのまま伝令はオガタのそばまで来ると耳元でコソコソと話す。
それを聞いた瞬間、オガタの目は開くことになる。
「……皆さんにお伝えすることができました」
「どうしたんだねオガタ少将」
急変したオガタの様子にアカツキは心配そうに尋ねてきた。
「私の部下がそのテロリズムに遭いました」
「なんだと!?」
この場にいる人間全員が驚きにより様々な表情を見せるが、それらはあまりにも突飛な事件の発生により慄いていた。
「彼らは休暇中とのことで、旅行中とのことでした」
報告の傍ら、オガタは被爆した12名の部下に連絡を取ろうとするが、すべて不通になっていた。
この結果の意味をオガタは理解し、深い悲しみと、テロへの怒りに燃え始めた。
「正確な被害状況を報告せよ」
「12名全員の死亡を確認しました」
「……そうか。この場であるが哀悼の意を表す」
アカツキはそういうと各所に連絡を飛ばしていた。
わずかに悲しげな表情を浮かべつつも、それ以上に彼は鬼面の如く紅潮させ、怒りを滲ませていた。
「反戦主義者どもが……ベンツ君。陸上警備隊の指揮を執ってくれ。それと警察と軍警には捜査を協力するよう伝えてほしい。民間人まで巻き込んでしまった以上、テロリストを許すことはできない」
「この落とし前はテロリストにきっちり付けさせます」
『テロリストが使用したのと見られる爆発物は軍隊でも使用されるHH爆薬のようです。ガス爆薬ともいわれるこの爆薬を空気中に混和させ、起爆させた模様です。この爆発により現在、死者は200名以上。行方不明者は2000人以上です。現場はさらなるテロに警戒し、厳戒態勢が敷かれています』
モニターから流れる現場の映像と共に、報道官が話続けていた。
HH爆薬。その扱いやすさと、高い爆発力により資源採掘に用いられる爆薬である。
高密度に充填させればその爆発の限界値は同体積のダイナマイトの数十倍に匹敵する。空気中に混和させた状態でも非常に高い爆発を引き起こす危険な爆薬であり、特殊危険物に指定されている。
軍でも地上爆撃用のサーバリック爆弾の炸薬として採用されている「気化爆薬の神」と異名を持つ爆薬であった。
「……HH爆薬なら製造元が絞られる。経路を追えば、尻尾をつかめる」
「ミツビシ重化学公社とゼネラルケミカル公社、民間だとアルデバラン化学工業が製造元だな。だが粗悪品なら中小企業でも作れる」
「しかし地球で使用されたとなると、経路は限定される」
「であれば、捜査は彼らに任せて問題あるまい。問題は彼らを摘み取ることだ」
「早くて数日。遅くて1週間以内に足取りをつかめるはずだ」
早くて数日、遅くて1週間というのは恐るべき早さの調査力と舌を巻くしかない早さだが、この状況でオガタが堪えるのに1週間は待たなくてはならないという意味でもある。
「オガタ少将。君のことだ。自分の手で天誅を下したいとでも思ってるのであろう」
アカツキはオガタの眼を見て話す。彼自身も怒りに震えていたが、それよりも遥かに怒り狂っている男を放っておくことなどできない。
彼はオガタの性格や過去を知悉する元上司であり、舌戦を繰り広げようとも彼の上官であることに変わりはなかった。
さらに重ねれば、先ほどこそ茶番劇を演じていたが、オガタに対し一定以上の信頼を置いていた。
「そんなことは滅相もありません」
小学生のつく嘘よりもわかりやすい嘘をつくが、それを見てアカツキはルーデンドルフに話しかける。
数度の首肯の後に、ルーデンドルフは口を開いた。
「オガタ少将。君を少将にしたのは君自身の才覚によるものだ。そして少将としての職務を全うしてもらうつもりだ。後日、地球圏と各方面軍の即応艦隊新編成し、即応連合艦隊とする予定だ。そこで君に司令を任せたい」
唐突な人事にオガタは驚くが、オガタがその真意を汲み取ろうとルーデンドルフを見ると、彼は満足そうに頷き言葉を繋げた。
「だが、艦隊を率いてもらうには少しばかり功績が不足している。これはアカツキ大将と私、つまり参謀本部の本意と受け取ってもらいたい」
「武勲を上げる機会を頂戴できたこと、部下の弔いをできることに感謝します」
オガタは弔いの機会を得られたことに感謝を述べ、エクセリオンのレルゲン砲雷長兼副長に連絡する。
(オガタ少将。ご無事でしたか)
(あぁ、無事だ)
レルゲンはオガタを気に掛ける。すでにレルゲンの耳にも爆弾事件のニュースは届いていたようだった。
(独立艦隊全艦に非常呼集。陸戦隊を編成させよ。やつらの首謀者のアジトが判明次第、すべてを叩く)
(かしこまりました。すぐに非常呼集を実施します)
そして会議は終わる。
オガタの目には怒りが立ち上り、軍のシャトルによりエクセリオンに帰還した。
それから1日後、全乗員が艦隊に戻る。
エクセリオン級重巡洋艦9隻。18万人が臨戦態勢に移行した瞬間であった。