第4隻目 戦艦を創る男は参謀本部に呼び出される!
いつのまにか評価点数が100に……ありがたいです。
「オガタ君……困るんだよ。こう好き勝手やられちゃ」
「……」
参謀本部に呼び出され、行ってみれば参謀次長からの説教をオガタは食らっていた。
本来なら参謀長直々の大抜擢であるオガタを叱責する権限は、参謀長以上しかない。だが、そうもいってられないのが現状だ。
偶然とはいえ縮退炉の製造を政府の承諾なしに進めてしまっていることに対する叱責だったのだ。
この叱責を参謀長が行ったのでは、参謀長自身が自らの采配に誤りがあったと認めることになる。そうなれば、オガタを「江計画」から解任せざるを得ない。それを回避するための手段として参謀次長が叱責することとなったのだ。
参謀次長も当然ながら報告書を読んでいた。もちろんながら参謀長や宇宙軍総司令長官にまで報告書は届けられていた。彼らは「致し方ない」とばかりに事後承諾という形であったが、縮退炉の製造続行を許可を出した。謎の大艦隊を前にした恐怖を払拭するためには、認めざるを得ないという判断だった。だが、やはり問題となったのは共和国との関係だった。
共和国との条約は現在も有効である。にも拘わらず縮退炉の建造を勝手に進めるなど、論外である。という政府からのお達しで縮退炉製造プラントは一時閉鎖されてしまった。
共和国との関係改善のために、今現在、帰還したばかりの『アダム』は改修工事が急ピッチで進められている。それは条約内容変更のための使節団派遣に間に合わせるためである。
通信による会談では共和国も前向きな様子であったが、終盤に差し掛かりとある要求を提示した。縮退炉建造を認める代わりに、大マゼラン共和国にもその新型戦艦を供与。もしくはライセンス生産させろ。と強気に出てきたのだ。
つまるところ、この落とし前どうつけんだ。と、参謀本部に降って沸いた問題だった。
「帝国にとって、君が牽引する『江計画』は絶対に達成しなければならない。しかし、共和国との関係上、縮退炉を大っぴらにできないのも事実だ」
参謀次長はすこぶる不機嫌な声を装っている。
それがなぜなのかはオガタだけでなく、周囲の人間も、そして誰よりも参謀次長が理解している。
こんなちんけなことで足止めを食らっている状況ではない。一刻も早く、謎の大艦隊に対抗できる戦力を整えるのが優先。にも拘わらず、政治がそれを妨げる。
政治家連中の認識は「人類未確認の外銀河の艦隊が小マゼラン内を通過しているだけ」という、すこぶる楽観的である。
しかし、宇宙軍情報部によれば間違いなく進路は地球圏に向けているとのことだ。
彼らが何の目的で、何を為すために地球に向けてやってきているかは、まるで見当がつかないが、向かってきているというのは紛れもない事実である。
「然るに、私は職務上、君を叱責せねばならない。分かってくれるかね?」
参謀次長自身、自分でもこんな荒唐無稽な茶番を演じる派目になるとは露ほども考えていなかった。
ここまで政治が愚衆政治に陥っているとは、とんと思いつきもしなかった。
共和国との戦争時には、あれほど優秀に機能して見せた帝国議会も、いまや鳩が議会内を飛び回って見せている。
あのころならば、「必要のためならば神さえ殺す」という信条のもと、国家一丸となっていた。だが、現状は過去の遺産である平和をただ享受し貪り、自らの私腹を肥やすことに執心する政治家ばかりである。
参謀次長は共和国にたいして及び腰になる政府に対して嘆息を禁じ得ない。仮にも戦勝国がなぜ腰をおる必要があるのか。
そんな葛藤も、職務のために飲み込む。いまはただ、茶番劇の演者に徹するのみだ、と。
「はい。参謀次長殿の仰られることは正しいものであります」
「よろしい。では、今回は口頭での訓戒処分とする。ところで、設計は進んでいるのか?」
オガタの返事に形式上の処分を伝えると同時に、参謀次長は酷く安堵する。
ここで臍を曲げるような男ではないにしろ、機嫌が悪くなるようなら宥めすかせて煽て囃してでも「江計画」に取り組んでもらうように仕向けなくてはならなかったからだ。
オガタ以上にこの計画の適任者はいない。設計だけなら他の者でもそこそこのものはできるだろうが、失敗を恐れるあまりに、オガタ以外は誰も名乗りを上げていない。というのも、理由としては挙げられが、微々たる問題だった。戦略眼を持ちつつ戦術眼も持つ参謀本部所属の戦艦設計の申し子である技術将校。これほど、優れた人材はどこにもいないからだ。
「今のところは敵の防御方式や攻撃方式が全くの未知数ですので、基本設計すら出来上がっていません」
参謀次長からの問いに全くもってまだ何もできていないとあっけからんと言って見せるが、実のところはある程度の骨子は固まっている。
垂直発射式レーザーと正面固定式レーザーの2種の武装は確定済みであり、それらを載せるためのスペースは基本設計内にも組み込まれていた。
しかし、彼は敢えて嘘を言う。
ここで「はい。かなり出来上がっています」などと言おうものなら、本当に作りたい宇宙戦艦は作れないだろうからだ。
そこで彼は、とあることを思いつく。
「だからこそ、威力偵察の必要があります。もちろん、特使という意味合いが強いのですが」
「特使とそこは言いたまえ。まだアンノウンだ。エネミーではない」
限りなく黒に近い。されど白とは言い難い故に「謎の大艦隊」という微妙な表現を推奨する。
誰しもが、このアンノウンの行動が既に、アンノウンではなく、エネミーに限りなく近いことくらいは把握している。
確かに、目的も何を為すために地球圏くんだりまでやってくるのか知らないが、わざわざ通信封鎖を行い、レーザー通信のみでなぜ連絡を取り合うのやら。その様子を複数の情報解析員が1000分の1の超スロー再生で、拡大した映像で確認している。
だが、まだ「アンノウン」の域を出ていない。
「これは失礼を。では特使として試作艦の建造をさせていただけませんか?」
そう。これにかこつけて、やりたいこと全載せの試作艦を作ってしまえば良いのだ。
レーザーはもちろんのこと、電磁加速砲や対艦ミサイル、機動兵器各種に核融合爆弾に至るまでの帝国宇宙軍が誇る全兵器を載せてしまう。防御も主装甲に複数の素材を用いた複合装甲とすることや、電磁フィールドに加え、近年開発に成功した数学的物理法則書き換えを利用した事象変動形成フィールドを搭載する。またそれらを成すための電算処理を行うために、高性能の量子電算機も搭載する。あわよくば、数日前に思いついた対艦隊兵器を載せてしまおう、と。
それらを一瞬のうちに考え付いたオガタは、ご満悦といった表情である。
さきほどまでの叱責も茶番とわかっているからこそ出来る、満面の笑みで答えて見せた。
その自信満ちた表情と返事に、参謀次長は否応なく期待に胸が膨らむ。
しかしながら場が場だけに、それを一抹も漏らすことなく鉄仮面のごとき表情を張り付けたままだった。
「よろしい。何か秘策が?」
「ここでは憚られますので、後に脳通にて参謀長と参謀次長にお伝えいたします」
「わかった。こちらも前向きに検討しよう。では、職務に復帰せよ」
「はっ! 失礼します」
オガタは参謀本部を後にして、すぐさま火星に向かうシャトル船に乗り込んで、あてがわれた個室に入って初めて
「俺の作りたかった宇宙戦艦を、やっと、やっとつくれるぞぉぉぉぉ!!!」
と、大きな声で叫んだ。
心からの、魂からの叫び。前世と今世あわせて200年近いあいだ、願ってやまなかった野望を、いま実現できるのだから。
その叫びも、隣の客室からの壁ドンにより閉口することになった。地球から火星まで8時間。さらに出発が夜の10時過ぎの便。常識的に言えば、うるさい!寝させろ!というわけだ。
閉口したオガタだが、胸中に渦巻くのはただただ、自らが作りたかった戦艦を造れるという幸福感のみであった。