第53隻目 教育とは教え育てることである!
地球人類における偉大なる発明や閃きのなかで、特に素晴らしいことは「教育」を行うという考えに至ったことであろう。
特に19世紀ごろから公共教育(政府が国民に対し学ぶ機会を与える場)を始めたのは、特に素晴らしい発明だ。
時代や国家により、その教育は次第に誤った歴史観や偏った知識を先入観のない子供に植え付ける洗脳教育が行われることになったが、その国家が一枚岩となる分には大いに有効な手段であった。が、一部の国はある時期まで、あえて自国を嫌いになるような教育を行ったとかないとか……。
ともかく教育というのは教え育てること。すなわち、被教育者たちを内外面から望む方向に成長を促すことを本質としている。
特に軍隊においてはそれは顕著であり、その教育課程において上級者の命令には絶対服従するように教育が施されている。例えば、教育課程中における軽度の違反行為には被教育者全員に連帯責任として腕立て伏せを際限なく行わせたりすることだ。これを度重ねて行うことにより、精神的負荷を掛け、耐ストレスをつけさせることはもとより仲間との絆の醸造。真たる部分には上級者の命令に従わなくてはない本能的刷り込みを行う。
そのため、軍隊の外ではパワーハラスメントやモラルハラスメントといわれるような過酷なことも、軍隊内の教育においては概ね黙認。むしろ褒められることとすら言われる。
だがそれは、教育期間中の話である。そう、本来なら教育期間中でこれは終わっているのである。
一部の被教育者はそれを完全に忘却してしまっているようだった。
「基本的にこの一般船体と軍用艦体には大きな相違点が、3つある。1つ目が装甲の有無。当然だが商船には装甲は施されない。必要がないからだ。2つ目に気密防壁の間隔だ。商船構造では40m以上の通路には最低でも1枚の気密防壁を設ける決まりになっているが、軍艦構造では通路の25ⅿ以下毎に気密防壁を設けることが定められている。3つ目が防爆壁の有無だ。これは商船には装備義務はないが、地球帝国宇宙軍の軍艦建造規格にはおいては通路では50ⅿ毎に設置する。基本的には気密防壁と合わせる。弾薬庫では誘爆しないように設計しなくてはならない。……ハインケル。君は……」
先ほどの挨拶と打って変わり、ハインケルはマルチデバイスでゲームをしていた。
「教官。こいつは口ばっかりなんです」
リュウがそういうとハインケルは口を尖らせた。
「だって仕方ないじゃないですか。飽きちゃったんですから」
「まだ設計の基礎中の基礎段階だぞ……」
怒りよりも呆れが先に来てしまい、オガタの言葉は尻すぼみした。
だが内心はしっかりしたもので内申点をつけており、目に余るようなら人事に突き付けてボーナスをカット。もしくは減給まで持って行けないかと考えていたりするあたり、この男は抜け目ない。
「まぁ、彼女のことは今はいい。時間が惜しい。で、3日後に設計してもらうのは準軍艦構造の資源採取船及び輸送・採取船母艦。すなわち大型艦船とそれを母艦とする資源採取船の設計だ」
「大型艦船ということですが、主な要求はどの程度なのでしょうか?」
ここにきてやっとまともな意見がでたので教官であるオガタは安堵した。
本当に使えない人間ばかりというわけではなく、有能そうな新人もいたからだ。
その発言者はチセケディであった。
「いい質問だ。少し早いがマクラーレン助教の講義でも話すことになるが、この船は戦略資源を採掘するため都合上、可能な限り大型船であることを求められており、最低輸送量は2㎦……200万キロを一度に輸送可能なサイズだ。これに採取船からの資源の詰め込みや、採取船乗組員の補給や休養。交代要員の宿営場所などを鑑みたサイズになる」
「……単純でも全長2㎞以上ですね」
「横幅や縦長を考慮してもそうなるな」
「資源採取船をロボットにさせればいかがでしょうか……?」
ラ・サールは相も変わらず弱弱しい声であるが、まともな考えだ。
「いい考えであるが……それをすると今採取船で働いている人々の職を奪うことになる。それに民間に自立志向型ロボットを供出する余裕は軍にはない」
そういわれてラ・サールはしょんぼりとして項垂れる。
(どうもこういうのはやり難いな)
頭を悩ませる話だが、話が脱線しているために本線に戻すことにした。
「で、準軍艦構造としては軍で使用している輸送艦や補給艦がそれにあたる。いままさに更新のための刷新計画が進んでるが、これら艦は建造費を安く抑えるためにあえて純粋な軍艦構想を採用しなかった。だが、設計段階で海賊の跋扈もあって輸送任務に就くこれら艦艇もある程度の被弾を考慮した設計とすることになり、2重船殻構造や防爆壁も装備された。ただし装甲も防爆壁もあくまで海賊対策であり、本格的なつくりではないため準軍艦構造と呼ばれる独自規格となった。それでも実際に任務中に海賊からの攻撃にあったが、沈没した艦は1隻もない」
「けっきょくぅ、準軍艦構造の母船とぉ採取船の二つを設計するぅってことですよねぇ。マジ無理くさくねぇ?」
語尾を無意味に伸ばすあたり、苛立ちが沸き立つ喋りであるがズヴェーレヴァの言うことは尤である。
この新人たちに同時に2つの設計をさせるのは無理がある。
「そこでだ。今回は君たちには私が普段使っている艦艇設計アプリケーションを使用してもらう。これは基本的な設計はもとより、モジュール化された艦内パーツを用いることで設計時間の短縮につなげられる。さらには建造費の試算や建造期間を概算だが算出してくれる優れものだ」
オガタは言いつつ、アプリケーションを腕時計型マルチデバイスから起動させた。
「今後の私の授業はこのアプリケーションを使って一緒に、実際に設計しながら説明する。わかったか?」
この言葉に一同は興味を惹かれたようだ。
特に天羽はすごい食いつきようで目を光らせていた。
そんな中、一人だけ首を横に振ったものがいた。
「教官。我々の艦船設計のノウハウが0なのは認めますが、そのような小道具で本当に設計ができるのでしょうか?」
今まで沈黙を保っていたイワノフが言ったのは、確かに納得しうるものだ。
だがオガタは毅然としてこれに返す言葉を持っていた。
「私はこれでエクセリオンを設計したよ。細部設計はさすがに専用のソフトを使ったり、細かいところは手書きだがな。君たちが概略設計だけでもできれば、あとは設計部の人間が教えてくれる。なにせ今回は時間が足りなすぎる」
「失礼しました」
イワノフはそれで納得したのか引き下がる。
「改めて座学を進める。次に、先ほどチセケディが質問したように設計するには要求性能を考えなければならない。それが目的でありゴールだ。たとえば今回のように母船機能を備えた輸送艦という要求を満たすための設計だ。そしてその輸送量、乗艦人員数、活動期間、活動範囲、現地滞在時の活動範囲、活動内容、資源の積み卸し方法など……それらは一部は明白だが、一部は不透明である。特に資源の積み卸しに関しては従来通りもしくは可能な限り抜本的な画期的方法……と、どうとでも取れるあやふやな要求だったりする。で、この不透明な部分をどこまで叶えるかが今回の肝となっている。これは設計者の手腕次第だ」
こうして座学が進んでいく。
まだまだこれが1日の出来事である。