第46隻目 宇宙戦艦オタクの前々世と前世(後編)
「で、結局全員が来たか……」
オガタが手で着席を促すと、思い思いの席にそれぞれ腰かけた。
当然とでもいうべきか、天羽はオガタの隣にわざわざ椅子を移動させてまで座った。
「ここまで聞いたら、続きが気になります」
シュナイツァーが代表して口を開いた。
「にしても珍妙な組み合わせだな。サイジョウとニア君は分かるが、君が一緒だというのは」
「そ、それは……」
「シュナイツァー少佐はミッシェルのことが気になるそうですぜ」
「ふ、副長。語弊があります」
「ムキになるところがますます怪しいぜ」
顔を真っ赤にして否定するあたりが若さゆえと考えれば、実に眩い光景だ。「あのストーカーを好きになる男が出てくるとは……」とオガタはシュナイツァーを感慨深く見る。
シュナイツァーもなかなかに美形であることから、見た目だけでは美男美女のである。が、ミッシェルの性格上かなり苦労するだろう。オガタは無言でシュナイツァーの肩を叩いた。
「皆さん、コーヒーをお持ちしました」
話が途切れるのを見計らったかのように、人数分のコーヒーカップをトレーに乗せた自律思考型ロボットREBECCAが入室した。
「ありがとう。だが、コーヒーを置いたら早々に退室してほしい」
「失礼ながら、ロボットに軍規は適用されません。このコーヒーもMOTOKOからこの部屋に自然に入室できるようにと準備されたものです」
「つまり、君たちも私の過去を知りたいと?」
「准将の経歴に不自然な点が多かったため、前々から独自で調べておりました」
(俺には個人情報保護法は適用されないのか?)
オガタは胸中のぼやきを言葉にしないように気を付けて、出されたコーヒーを一啜りすると、先ほど飲んだコーヒーと同じ味であることに気付き、天羽をじっと無言でみると彼女はそっと視線を逸らした。
「頓知が効いているな。ただし、MOTOKO以外には喋るなよ。宇宙軍の屋台骨から崩れかねない話だからな」
「はい」
「では……まず初めに君たちでも『不老不死計画』の名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
「はい。宇宙歴400年頃の傷痍軍人を救済する計画でしたね。欠損部位を義体化、もしくは全身義体にすることで肉体的不老。脳を電脳化、あるいは生体コンピュータ化する頭脳的不死でしっけ?」
人差し指で顎を抑えつつ小首をかしげるニア。
あと10歳年を取っていれば……と考えかけた瞬間、正面に座る天羽がギロリと睨める。
女の勘とは恐ろしい。
「よく勉強しているな。しかしこの計画には、欠点があったのだよ」
「……出生率の低下ですね」
「あぁ。シュナイツァー君の言う通りだ。この計画が進み、民生利用され始めたころより出生率が低下し始めた」
不老不死。
神話に近いものの古代まで遡れば古代メソポタミアにおけるギルガメッシュ叙事詩。ギリシア神話や北欧神話。紀元前3世紀ごろの古代中国の始皇帝。そして日本では竹取物語にて登場する不老不死の秘薬や、人魚伝説(人魚の肉を食べれば不老不死になるという伝説)、そしてこれらを実現するために錬金術(中国では練炭術)により不老不死の秘薬を作る研究が行われていたなどが挙げられる。
古代から現在まで、不老不死を人間は切に祈り、それらを実現可能にするために錬金術による実験を重ねていった結果が、現在の科学の基礎が作られた。逆説的に言えば、現在の科学は不老不死の薬を得るための副産物と言い換えることもできる。
そして科学が成熟するにつれ、薬剤により生命体としての肉体を作り変えるような不老不死の方法は否定的となり、代替手段として「機械的な物で置き換える」ことで死を回避することに着目されることになった。
だが肉体を義体化し電脳(生命コンピュータ含む)化することで、とある問題が発生した。
出生率の低下である。
「傷痍軍人に利用されているだけならば、この問題は発生しなかった。だが民生利用され始めると悪用する者が次から次に現れてな……さらには各義体メーカーの価格競争で、全身義体と電脳化のセットで自動車一台と同じ値段で買えるようになってしまった。永遠の命、病にも老いにも怯えることのない完璧な肉体が誰でも簡単に手に入るようになってしまった。政府が事の深刻さに気付いたのは十数年も経ってからだったわけだ」
「それと准将が前世の記憶を持っていることには、何か関係あるのでしょうか?」
ここで「話が脱線しているのは?」と思った天羽が言葉を挟んだ。
関係のない話を延々と喋っているように見えるのは確かだ。
オガタはタバコに火を点けると一吸いして、紫煙を眺めつつ再開した。
「事を深刻さを理解した政府がこの義体化を傷痍軍人限定に戻したわけだが、軍としては生身の人間の方がありがたい面もある。もし将校級の人間が全身義体化したら、軍がなくなるその時まで軍の中枢に居座り続けることになる。で、だ……下の人間はいつまで経っても上の席がない状態になる。それを避けるために立案されたのがフェニックス計画」
「……聞いたことがあるぜ。確かじい様が死ぬ前に言ってたような気がするぜ」
「サイジョウ技術大佐……いやサイジョウ准将、か。その人こそがフェニックス計画の立案者だ」
ゴクリ。と固唾の嚥下音がサイジョウの喉から鳴った。
「共和国との戦争が始まる20年前に前世の私は生まれた。その時には、私は私の前世なんて全く知りもしない真っさらな人間だった。15で軍に入り、共和国との戦争が勃発。そこで、とある実験の被験者になった」
そこまで言うとタバコを灰皿に擦り付けて火を消し、肺腑に残った紫煙を胸いっぱいに吸い込んだ空気と共に吐き捨てた。
もったいぶった様子だが、やっと始まった本題に誰も茶々を入れずに耳をそばだてた。
「共和国との戦争は人類史上最も多くの戦死者がでることが予想された。なにせ軍艦1隻に数千人も乗って、それが一度の戦闘で数千隻も沈むこともザラにあるからな。だからこそ軍は不死の兵を欲しがった。自分の死を認識する直前に、脳通を使って自分の予備の肉体に自分の意識を転送することで、蓄積された技術、経験をそのままに再び戦場に立つ兵士を作り上げる。……その被験者の一人が私だったのだよ」
「オガタ准将は大マゼラン戦争で一度死に、再び戦場に立たれたわけですか」
「いいや。違う。大マゼラン戦争は生き残れて、順当に昇進して中将まで行ったよ。だが……残念なことに毒を盛られて死にかけてな……咄嗟に脳通で意識をこのスペアボディに移したら、ついでに前世の記憶を思い出したようだ。いやーよく廃棄されずにスペアボディを残してくれてたものだ」
はーははははっ!っと快活に笑って見せるオガタを横目で見つつ、一同はコーヒーをほぼ同時に口にした。
なんという豪放磊落か。なんて能天気か。
もはやツッコミどころが多すぎてどこから突っ込んでいいのかわからない。というありさまだ。
だが、それを含めてオガタがオガタである所以であるとしか、彼女らでも表現のしようがない。と結論づけた。
「で……毒を持った相手はご存知でありますか?」
「あぁ。だが、もう『消した』から問題ない」
さらりとした言いようだが、その言葉の意味は読んでそのままの意味であることくらい一同、すぐさま理解して深く掘り下げないようにした。
「他に被験者は?」
「あぁ、数名いたようだが、どうやら既に鬼籍だ。みんなして2回目があると思って無茶して、そのまま戦争で死んだようだな。ほとんどが航宙機パイロットのようだから、さもあらん」
事もなげに言うオガタに、今までの数々の疑問(参謀本部付の技術将校だったり、エクセリオンの建造だったり、昇進が異様に早かったり、年に似合わない数多のコネクションを利用したゲイ・ボルグ生産の調達などなど)に合点がいった一同は、納得した様子であった。
「さて、と……私は艦内謹慎の身であるが、君たちはまだ勤務時間内のはずであるが、大丈夫なのかね?」
その目がいきなり仕事モードに入ったのを見て、挨拶もそこそこに部屋から出て行く面々。
それを見送りつつ、オガタは設計図を立ち上げた。
「哨戒任務に適した小型艦の設計……か。さて、技術部に残った腰抜け共がどんな設計をしたのやら、見せてもらおうか」
設計図に書かれた線を目で追いつつ、オガタはニヒルに笑ったのだった。
戦闘もなければ、萌えもエロスも燃えもない。
だが、やっぱり一応は転生もの(?)なので、主人公の過去が謎のままではいかんかなと思い、ぶち込みました。
まだ、物語は続く予定です。