表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/66

第44隻目 死地より帰還せし者達

超連合艦隊が帰還して2週間が経過した。

帰還当初こそ「地球の救世主」や「英雄」という呼び方が大多数であったが、時間の経過とともに禁忌の兵器が使用されたことが大衆にも広まっていき、帝国軍への批判が日に日に強まっていた。

特に艦隊を指揮し、禁忌の兵器とされるブラックホール爆弾の許可を出したオガタに批判は集まることとなった。

軍司令部も事態を重く見てオガタを艦内謹慎処分とし、彼は身震いする日々を送るはめになったが、それは己に受ける批判ではない。様変わりした地球帝国軍の威容、そして自らに課せられた新たな任務に身震いしていたのだ。

超連合艦隊の体感時間はわずか30分にも満たなかったが、地球時間では既に半年が経過していた。

超長距離ワープと亜光速航行は、体感時間と実時間に大きな乖離を生み出した。

超連合艦隊が出発して間もなく、エクセリオン級から長江(ながえ)級及び超江(ちょうえ)級へと建造計画が移行。建造計画も大規模なものに変更がなされ、長江だけで1万隻、超江は7,000隻が竣工しており、200隻ものエクセリオン級を失ったことなど、もはや些事となっていた。

地球帝国の戦力拡充は着々と進み、あと2年もしないうちにアンドロメダ銀河帝国に比肩する大艦隊を有するペースである。

だが大軍拡のカラクリをオガタが知るのは少し先の話である。




「天羽士官候補生、入ります」


白髪の少女が入室した。手にしたトレイにはつらつらと文字が彫られたマグカップが乗っていた。


「ありがとう。今日はキリマンジャロか?」


「いえ。キリマンジャロ40%、マンデリン35%、グァテマラ15%のブレンドです」


説明を聞きつつ香りを楽しむ男は、「この微妙な違いはグァテマラか」とブレンドの塩梅に感心した。


「して10%ほど不足しているようだが」


いつもきっちりとしている天羽がたまたま計算ミスをしていると思い、男はそれについて突っ込みを入れる。

天羽は軍帽のツバで顔を隠しつつ頬を赤らめながらポツリといった。


「……愛情、であります」


「……いただこう」


これ以上の詮索は野暮であると、男も顔を赤くしながらカップに口を付けた。

口内に広がっていくコーヒーの味わいはキリマンジャロの酸味が強くありながらも、どっしりとした苦味を主張するマンデリン。飲み込んだあとには酸味と鼻孔を抜けるほのかな花のような甘い香りはグァテマラ特有のものである。


「実にうまい一杯だ。してこのカップは初めて見るものだが……」


カップをしげしげと眺めると、それはオガタが生前から己の人生観に大きな影響を与えた言葉が綴られていた。


苦しいこともあるだろう。

言いたいこともあるだろう。

不満なこともあるだろう。

腹の立つこともあるだろう。

泣きたいこともあるだろう。

これらをじっとこらえて行くのが

男の修行である。


「山本五十六さんか……実に良い至言を吐かれた方だ」


「やはりご存知でしたか」


少し残念そうな表情を見せるあたり、少しくらいは驚かせてやろうという魂胆だったのが透けて見えるが、男は笑って次に続けた。


「やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、褒めてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。これも山本さんの言葉だ。君も将校となれば、いずれは艦を指揮することもある。その時に仕事を任せてやらねば艦を動かすことは出来ない。なにせ8㎞もある戦艦だ。一人で全部背負いこんではとてもじゃないが無理だ。だから、人に任せる所もある。そのためには信頼しあえる関係であり、そして任せられるように人を育成しなくてはいけない。肝に銘じておきたまえ」


「了解です。オガタ准将」


「よろしい。で、本題だが、君はこの設計図をみてどう思うかね?」


「私は艦の設計などには門外漢でして……」


「構わない。凝り固まった思考しかできない俺には見えないことも、素人だからこそ先入観なく見れる」


「では、拝見します」


そういってアマハは設計図に目を通し始める。

今時珍しいを通り越し、遥か昔にタイムスリップしたような紙媒体の設計図だった。

それをパラパラとめくっていくが、頁をめくる度に目を白黒させていた。


「な、なんなんですかこの艦は!?」


「なんなんですかって、そりゃ超超ちょ~う極秘の新型戦艦の設計書だよ」


「……これじゃ、ほとんど人が居住するスペースなんてないではありませんか?」


「そうだ」


「形はまるで巨大なブーメランです。主砲から艦橋まで、艦内に格納可能……」


オガタは黙って聞きつつ片手でコーヒーを啜り、空いた手で促す。


「敵に直撃することが前提、でありましょうか?」


「半分正解だ。だが、半分でも私の説明なしで私の意図をよく汲んでくれた」


わしゃわしゃと天羽の頭を撫でて褒めるほど、男は相当に嬉しかった。

設計思想の一部とはいえ設計図を一目見て言い当ててくれたことが、とても嬉しいことだったのだ。


「それならば、各スラスターの間に垂直レーザー発射孔を設ければ、衝突時に武装を傷つけることなく、敵艦の内部からレーザーを照射できるのではないでしょうか?」


「なるほど。天羽の言う事は尤もだ。だが、その艦の縮尺比を見てみたまえ」


「……1㎝が500m? これだとえっと……これだと横幅が14㎞になります」


目がおかしい。そう思ったのか何度も目をこすって己の目を確かめ始めた。


「この艦は長さ5.3㎞。横幅は14.2㎞、高さ980m……全翼機型戦艦。これは本来は正面戦闘における被弾面積の軽減と、正面指向火力の増加というのが目的だ」



被弾面積と指向火力。

これは遥か2000年以上昔の地球にあったとある艦隊戦での話だ。

ロシアの誇る当時世界最強を謳うバルチック艦隊を、日本という新興国の艦隊が打ち破った日本海海戦だ。

これはロシア側のそもそもの作戦計画の不備や不運。日本と同盟関係にあったイギリスによる、ロシア艦隊への追尾による精神的疲弊。超長距離遠征による兵の肉体的疲弊。さらには補給・休養するための港の確保の失敗(ロシアと同盟関係にあったフランスでさえ、日英同盟により中立国としてしか振舞えなかった)など、様々な要因が絡んだ結果、日本が大勝を上げることになった。

意気軒高かつ近海で戦うために補助艦艇多数の日本海軍と、疲労困憊状態かつ多くの旧式艦(途中合流した第3艦隊)を抱え込み補給不足の状態で数的劣勢になったロシア艦隊。だが日本は時の連合艦隊司令である東郷平八郎による丁字戦法で自艦隊の横っ腹を敵艦隊の進行方向に見せるという、当時の海戦では異例の作戦を取ることで勝利をより確実なものとした。

この丁字戦法により敵は先頭を行く艦、それも艦首の砲しか日本艦隊に指向できない一方、日本艦隊は全艦が艦首、艦尾の主砲を敵に指向できるというメリットがあった。

この丁字戦法は正確には丁字ではなく逆イ時ではないか、という指摘もあるが兎も角、こうして

1隻の火力を最も発揮するのは全砲を敵に指向させること、というのが定石となった。


それはこの宇宙においても同じである。

特に国境沿いに配備する国境警備艦隊や、大規模会戦においては敵と相対して会戦されることが多い。

敵の後方にワープアウトすればよいのでは?という疑問もあるが、それは銀河間連合戦時国際法、及び地球帝国軍規並びに帝国交戦規に違反する。

後方にワープアウトすれば居住惑星などが存在し、その居住惑星を戦争に巻き込むリスクがあるためだ。

また開戦で決着をつけなければゲリラ戦となり、互いの国家において多大な損耗が発生する上、現在の各惑星は生産物に偏りがあり、戦争状態で航路を絶たれれば数カ月も持たずに人々は餓死する。そのために会戦で勝利するのが通例である。


「正面戦闘重視の艦。……上層部は『次の戦争』の準備に入ったということでしょうか」


「それについては俺の口からは言えん。ただし、このことの口外は極刑に値すると思え」


オガタの脅しに天羽は少しばかりビクつく。

タバコに点けようと口にくわえたところでタバコをシガレットケースに戻し、視線を後方へと向ける。


「まだ、起きないのですね」


「リジェネレータでの治癒は完了している。あとは彼女の問題だな」


視線の先、ガラスの向こう側には様々なチューブに繋がれたブロンドの女性が寝ていた。


「生身の体では電脳の最大負荷に耐えられない。ミッシェルも分かっていたはずなのに……無茶しよって」


「あの状況では仕方ありません。彼女がいたからこそ我々は生き残れたのでしょう。ですが、こんなのあんまりです」


未だに目覚める気配のない様子は最大の功労者の一人にもかかわらずあまりにも酷といえる。

彼女の枕元には『帝国果敢突撃金記章』という、帝国軍でも最高位の記章が置かれているのがそれを語っている。


「義体化せずに済んだのは幸いだった。マキナミ中佐には感謝せねば」


「このことをご家族には?」


「親御さんにはこのことは伏せてある。負傷し入院しているとは伝えているが、それもそろそろ限界だ」


深い悔恨はこの面会室に来るたびに何度も感じる。

ストーカー……ではあったが、それでも一度は自分を好いてくれた女性であり、優秀で大事な部下に対してできるのは、面会時間一杯までただここにいるだけだった。


「数十名が退職届を出したそうですね」


「あぁ。受理した。大マゼラン大戦時もそうだった」


「准将。失礼ながら共和国との戦争は100年も昔のことです。お間違えでしょうか?」


オガタは急に遠い目で、急に老けてしまったかのように、遠い遠い昔のことを思い出していた。


「そうだな。昔話をしよう。おい、扉の前で隠れてる君たちも入りたまえ」


扉が開き、数名の者が入室する。


「サイジョウ少佐です」


「ニア上級曹長です」


「シュナイツァー少佐です」


奇抜な組み合わせだが、オガタは話を始めた。

今に至るまでの己の過去を、少しずつ話し始めたのだ。

コーヒーが10%足りないよ!

足りない部分は愛情ですか?


とコメントで突っ込まれた(ただの誤り)ので、「それはナイスアイディア!」と修正しました。

また、私が更新していない間に、たくさんの誤字修正の報告があり、とても嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 某「オカエリナサト」をオマージュしているので、オリジナル設定説明が多くなりがちなSF作品の中では頭空っぽにして楽しめます。 [気になる点] 「キリマンジャロ40%、マンデリン35%、グァテ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ