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第43隻目 アダムとイブ、ブラックホールとなれ!

第7格納庫内部から放たれたレーザー光線は、格納庫直上装甲をいとも容易く貫通していった。

そこはエクセリオンの最も装甲の厚いバイタルパート。8mと12mのエクセリニウム合金と、その間にある2.4mの衝撃緩衝用感衝撃軟化材(衝撃が加わったことを感知し軟化する特殊合金、通常時は固い)を貫通した一筋のレーザーは敵機動兵器群を捉え引き裂いていた。

格納庫内は既に総員が安全区画に退避していたが、その超高熱のレーザーにより格納庫内の空気が一瞬にして膨張、空気が逃げ場を求めてレーザーにより穿たれた穴から噴き出した結果、爆発を起こしたかのように甲板に見事な鋼鉄の華が咲いた。

だが、それは『バスター』にとって好都合だった。


「これより、ゲイ・ボルグ試作機、仮称『バスター』による作戦行動を実施します!」


鋼鉄の華の中央から背部のスラスターを吹かせながら上昇する鈍色の巨人は、仁王立ちで甲板に着地した。


「最高の登場だが……次からはお手柔らかに頼む」


嬉しさと悲しさがない交ぜになった声をオガタは絞り出した。

自分が宇宙戦艦を好きになったきっかけとなった作品に登場するロボットに酷似した機動兵器の登場は、そのタイミング的にも完璧であり、嬉しいことこの上ない。だが、この機動兵器が壊したのはオガタが心血注いで設計したあの憧れの戦艦である。


「善処します」


そういわれても複雑な心境は変わらないが状況が状況だっただけに、オガタはぐっと堪えて命令を下す。


「では貴官に命令する。これよりアダムとイブを敵ダイソンスフィア近傍まで超短距離ワープさせる。それをダイソンスフィア100㎞以内までに護衛・誘導せよ。こちらの合図と同時に、地球に向けワープだ。ワープ座標の指定は既にこちらで行っている」


「……あれを使用なさるのですか?」


ニアもなんのことかは察していた。

ニアだけではない。少なくとも地球帝国宇宙軍即応機動艦隊の総員が


「あぁそうだ」


「了解しました……」


バスターは背部スラスターを噴射し上昇する。

残敵を頭部のレーザーで一閃し焼き払いつつ、アダムの底部にアンカーを射出して機体を艦に固定させた。


「交錯まで残り4分!」


「アダムとイブをワープさせよ!」


「アダムとイブ、ワープ!」


現在の位置からダイソンスフィアまでの距離は約18au。ワープするには極短距離だ。

18auという距離、光速であれば約2時間30分かかる。これは一刻を争う戦場、それも目まぐるしく状況が変化する激戦ともなれば看過できない長大な時間である。

しかし、ワープするには近すぎる。

位置座標のわずかなずれ、そして現在観測できる光学情報は2時間30分前のことであり、今現在もワープアウト地点に質量体が何も存在していないとは限らない。

量子演算機による予測では確かに、ワープアウト時点では質量体のある確率は0.01%と極低だが0ではない。だが、それでもワープせざるを得ない。


瞬時に虚空に吸い込まれていくアダムとイブ、そしてバスター。


斯くして、逆転の一手が打たれたのであった。


「敵の別動隊接近!」


「ミッシェル! 奪った小型艦で応戦させろ!」


「共食いの、時間ですわ」


おほほほと高笑いを始めつつ、目にも止まらぬ高速タイピングと思考併用計算で、敵艦を意のままに操る彼女は、共食いショーを始める。

それは正しく共食いだ。

敵総数が10万隻以上もある中で彼女が操れる数はわずか300隻。たった300隻だが、最も敵を撹乱できる動きを指揮システムを乗っ取った艦艇で行う。

それは、敵の各中隊規模艦隊の中で数隻が全方位無差別攻撃を行い、弾薬が尽きれば自爆。次の艦の指揮システムを奪って同様のことを繰り返す。

各中隊3隻ずつとはいえ、一度に33個中隊規模の艦隊内で暴れられ、敵の艦隊は立ち往生を始めた。


「まさしく共食いです」


控えめにもドン引きして天羽は言っているが、オガタからすればその矛先が敵に向いてくれていることにホッとする。

それはなぜか。それは電算室に引きこもったり、ストーキング行為が再発・エスカレートするよりも、戦争行為という非生産的な物にその情動を発散してくれることに、ホッとしたのだ。


「このシステム開発のために電算室に籠っていたのか?」


「そう、ですわよ」


少し歯切れが悪そうな様子でミッシェルは答えた。

額には汗の玉が浮き頬を伝って顎から滴っていた。


「電算室より報告! このペースで演算処理を行えば5分後に演算機が熱暴走を起こすとのことです!」


「演算を指揮システムに連結!各艦に割り振れ!」


1000台近い81式量子演算機によって行われる並行演算。

それはとてつもなく早く、「それなら、今度は全部掌握して差し上げましてよ」と息巻いた。

明言実行とばかりに別稼働隊として向かってきていた数万近い敵艦艇の指揮システムを乗っ取り、返す刀で敵の戦艦隊に差し向ける。

今度は攻撃が通じないのならばと、戦艦1隻に対し数隻が突っ込むという自爆攻撃であった。

その戦果は帝国果敢戦闘金賞を一人で授与されてもおかしくないものだ。

だが、異変は訪れる。


「……ぅっ!!!」


「ミッシェル大尉!?」


異変にいち早く気づいたのは彼女の隣に座っていた航海長のシュナイツァー少佐だった。


「シュナイツァー少佐、どうした?!」


シュナイツァー少佐が白い顔をして、指を指す。


「ミッシェル大尉の目から、鼻からも血が……」


「即時ハッキングシステムからミッシェルを切断」


オガタの声を感知し、戦闘システムはハッキングシステムからミッシェルを切り離した。


「マキナミ中佐を呼べ! 天羽は彼女の介抱。シュナイツァーは己の職務を全うせよ」


彼女は白目を剥いて目や鼻から血を流し、口からは湯気が出ていた。


「馬鹿が。気張り過ぎだ」


オガタはそいいつつ、部下に負担を掛け過ぎたこと、過信しすぎた自分が悔しくて堪らなかった。

電脳化しているとはいえ、その大部分の肉体は生身の人間。高速処理の過程で発生した熱量は冷却材代わりの血液を通し、全身へと回り眼球や鼻孔などの粘膜を破って吹き出したのだ。

その証拠が口から立ち上る湯気である。

衛生兵を数名伴って軍医のマキナミ中佐が到着し、彼女を担架に乗せる。


「彼女、次会うときは鋼の肉体でしょうね」


マキナミ中佐はそれだけ言って艦橋から出て行く。

ミッシェルの為した戦果は帝国史に名を刻むことは誰の目からも疑いようがない。その代償として生身の肉体を諦めなくてはならないというのは、あまりにも残酷だ。

深い悔恨を覚えるが戦場ではシビアに割り切る必要があると己を戒めるオガタだったが、人間の心はそう簡単に割り切れるものではないのも事実。


「敵本隊との再交錯まで2分」


そんな中でも現実に引き戻されるのはシュナイツァーからの報告。

部下の方がよほど割り切っていた。


「……敵の別稼働はどうなっている?」


「システムがハッキングを引き継いでいます」


「そうか」


「アダム、イブワープアウト! ダイソンスフィアまで残り0.7光分!」


そこでオガタはこの戦闘始まって初めてタバコに火を点けた。

ゆっくりと吸い込み紫煙を肺腑に染み渡らさせていく。


「……残り1分。1分耐えるのだ。そうすれば我らは、勝ちだ」


もはや神に祈る言葉のように絞り出された独白すらも、そのタバコを吸う様子から余裕があるように見さえる。

だが、タバコという小道具なしでは余裕を演じられない程度に、オガタは追い込まれていたのだった。



アダムとイブの護衛を行うニアにも、余裕はなかった。

ほぼ無限の弾倉ともいえるレーザー系の兵器も、帰還のためのワープエネルギー充填を並行して行っているために無駄には出来ず、現状は実弾兵器で対処していた。


「亜光速…………到達。機体重量、摩訶不思議……変動事象域形成……自重100t固定」


戦闘を行いつつ、光速へ至るためのいくつかのシークエンスをこなす。

そしてその間も常に敵が襲ってくる。

超機動(スーパーマニューバ)で攻撃を回避しつつ、電磁加速砲(レールガン)で応射し撃墜数(スコア)を重ねていく。


(絶対に、絶対にこの任務を達成してみせる!)


熱い思いを胸に抱き、何人たりともアダムとイブに近づけさせまいとする戦いぶりは、一騎当千のありようだった。

ニアの戦いぶりに、アダムとイブを遠隔操縦するサイジョウも負けじと敵に向け応射する。その命中精度はなかなか良く、既に道すがらに十数機の敵機を撃墜している。



(ニアちゃん。あと30秒!)


(わかってますよ。サイジョウさん)


彼女が向かうのは、いまだに80万隻もの大艦隊が居座る敵のど真ん中だ。

攻撃の過密は筆舌に尽くしがたいほど、濃厚である。


アダムとイブの武装では敵の駆逐艦すら撃破できない。

だが、それらを一切合切無視して、彼女らはダイソンスフィアに突き進む。


「バスター……カッタァァァーーーー!!!」


腕部に事象変動フィールドを展開し敵戦艦の甲板を引き裂く。

機内のアラームが鳴る。

ワープエネルギー充填完了を知らせるものだ。

全エネルギーを戦うことだけに使って良いことを知らせる、全力戦闘のゴングがなった瞬間だった。


「バスターレーザー!!!」


頭部から発射されたレーザーは全力出力で放出される。

2基の縮退炉が生み出す莫大なエネルギーによって放たれたその一閃は、数学的事象変動フィールドの攻撃転化過程を経て、進路上の艦隊を悉く融解せしめる一撃となる。

聞こえないはずの爆発音が聞こえてきそうなほどだった。


「バスターミサイル!!!」


全身にあるサイロからミサイルが次々と飛びだし、敵の艦隊を食い破っていく。

ここで、もう一つのアラームが鳴る。

戦闘終了を知らせるそのアラームをみて、ニアは戦闘を止める。


「ワープまで3、2、1、ワープ!」


バスターがワープするのと全く同じ時に、超連合艦隊もワープしたのだった。




逆縮退炉から超過剰な質量を供給された縮退炉は暴走を始め、一瞬のうちに自壊し、ブラックホールが現出。

赤色巨大恒星とエネルギーを吸い取られ中性子星となった二つの星を飲み込み、さらに肥大化する。

ブラックホールは周囲の飲み込めるものを余さず飲み込み、322秒後、蒸発した。

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