第29隻目 使節艦隊は初接触を実施する!(前編)
大変遅くなりました。
先月は色々見切り発車が続き、構想のストックが尽きてしまいこういう事態になりました。
引き続き読んでいただければ幸いです。
惑星エリスは太陽より約68au離れた位置にある。正式には準惑星にカテゴライズされる星だ。
この名の由来はギリシア神話の「不和と争いの女神」であるエリスであり、その名を冠する惑星付近にて争いの火種が現れたことは、運命の悪戯であろうか。
このエリスから直線距離1万kmの位置にワープアウトし、そのまま留まっていた。
その様子は北極点上の衛星にあるエリス分屯基地より、肉眼で視認できる距離だった。
駐留部隊には海賊対処用に配備されている軽巡2隻と駆逐艦6隻であり、総司令部からの命令は「基地からの監視のみを実施」であり、命令通り監視任務が行われていた。手隙の者は物珍しさもあって窓に大勢の人間がへばりついていた。
そのエリス分屯基地に向け航行するエクセリオン以下11隻の使節艦隊は、既に第一種戦闘配置で向かっている。
亜光速という巡航速度をもってしても、地球から78auは一瞬ではない。
時間にして約12時間もかかるのだ。
故に、艦隊内すべての艦艇の量子演算機のメンテナンスが完了すれば、即座にワープを実施する算段だ。
現状としてはそれが精いっぱいである。
「やつらめ。太陽系に土足で上がり込むような真似をしやがって」
汚い言葉遣いに怒りを込めつつ発せられた言葉に、共感しつつもサイジョウはフォローを忘れない。
「准将の仰られることはもっともですぜ。ですが、まだエネミーではありませんぜ」
未だにアンノウンであり続ける謎の大艦隊。
明らかな領宙侵犯だが、目的不明であり続けるためにアンノウンの域を脱しないでいる。
状況的には真っ黒に近い灰色だが、それはあくまでも状況証拠の積み重ねに過ぎない。
第一次世界大戦も第二次世界大戦も第三次世界大戦も対大マゼラン共和国戦争すらも、すべては疑心暗鬼となり、短期的な国益を優先したために開戦に至っている。
相手が先に手を出す前に、先んじて一撃を与える。
開戦となれば戦争の基本的な優位戦術である先手必勝である。第一次世界大戦も第2次世界大戦すらも、当初は地域紛争であった。だが、強力な同盟関係を結ぶ国々が次々と出兵を行うことにより、瞬く間に全世界に飛び火した。然れど、先手必勝を選んだ国は悲しいかな軒並み敗戦国となっている。
残念なことに、戦術単位で先手必勝は有用なことこの上ないが、戦略単位で言えば交戦国に防衛戦争という大義名分を与え、更には世界的にも防衛を行う側が正義となる後ろ楯を与える下策中の下策と成り下がるものだ。
それを弁えているからこそ、明確な領宙侵犯であっても先制攻撃を辞すというのが宇宙軍総司令部の下した結論であった。
「わかっているさ。わかっているが……」
「准将がそんなのでは、兵が浮き足立ちますぜ。自重下さい」
「うむ」
サイジョウにたしなめられ、軍帽を指揮机に置く。
置かれた軍帽の隣には、オガタと同サイズの軍帽があった。
(天羽皇太子殿下、貴方が皇太子でなければ、あるいは……)
たられば論を興じても何のメリットもないことくらいは理解していても、オガタは考えずにはいられなかった。
「こちらミッシェル船務長。81式量子演算機のメンテナンスが完了しましたわ」
出港より20分。
かなり頑張ったようで、ミッシェルはヘロヘロな声だった。
「了解。ミッシェル大尉は10分間の休憩。後に戦闘配置につくように。座標割り出しが完了次第、ワープを実施する。出現予定位置は奴さんの軸線上正面0.5auだ。シュナイツァー航海長。しくじるなよ」
軍帽を被り気を引き締め直したオガタは、指示を下した。
量子電算機のメンテナンスが完了した以上、不要なことを考える余裕などない。
「もちろんです」
実に小気味良い返事をして彼は座標割り出しを始めていく。
リアルタイムで謎の大艦隊の先遣隊と思しき艦隊の映像が流されているが、今のところは大きな変化はないようにみられる。
だがそれも時間の問題だ。
目的不明にしろ謎の大艦隊の一部集団が、太陽系に現れたからには何かしらの意図があるはずだからだ。
それも1,000隻以上だ。
これらが一挙に動けば、太陽系は瞬く間に制圧されるだろう。
それが分かっているからこそ、オガタは焦りはじめていた。
それはオガタだけではない。
クズネツォフなど僚艦の艦長陣は勿論、末端の兵卒に至るまでだ。
「座標割り出し完了!」
シュナイツァーが座標割り出しに成功し、猛烈な速度で座標を打ち込む。
「跳躍機関へエネルギー回路接続」
「跳躍機関へエネルギー回路接続開始!」
サイジョウが復唱する。
「こちら機関室。命令受領。跳躍機関へエネルギー回路接続を開始する」
例えどんなに慌てていよう急いでいようと、命令を復唱させることは徹底させていた。
僅かなミスで艦もろともスペースデブリの仲間入りを果たすこの宇宙という広大な世界。そんななかで一見無駄に思える基本こそが事故を防ぐ秘訣だからだ。
「跳躍機関へのエネルギー供給確認」
「全艦隊、跳躍準備よし」
通信士の報告が聞こえると同時に、オガタは命令を下した。
「跳躍!」
全艦隊が跳躍を開始する。
延べ11隻の同時跳躍。それぞれの艦が亜空間に吸い込まれるように消えていく。
亜空間内の巡航速度はおよそ光速の数千倍に達し、72auという距離を僅か1分にまで短縮する。
「全艦隊に通達。全砲門を閉鎖した状態にせよ。あくまで、1発目は奴らに撃たせる」
オガタの命令に艦隊は各砲を格納する。
訓練通り、ワープ時には第一種戦闘配置を取っていたためだ。
むき出しの砲を構えた状態で初接触など、論外であろう。
未開の星であったり血気盛んな連中であるならいざ知らず、相手は現在の地球帝国よりも上位の存在だ。
刺激しないよう細心の注意を払う必要があった。
「ワープアウト10秒前、8、7……」
カウントダウンが始まる。
固唾を呑んでワープアウトに備える。
「3、2、1、今!」
ワープアウトと同時に、エクセリオンは単艦で前身する。
その速度、時速5000㎞。状況によっては通常空間ですら光速の200倍で航行するエクセリオンにとって、鈍足であった。
「全通信手段、全チャンネル開放」
「了解。全通信、及びチャンネル……開放よし。いつでもいけます」
「確認した。これよりアンノウンへ通信を試みる」
地球人類が地球外生命体との対話を試みることはこれが初めてではない。しかしながら、これほどまでの圧倒的戦力差を前に対話を試みることは初めてであり、さすがのオガタも緊張を禁じ得ない様子であった。
「こちら地球帝国宇宙軍参謀本部直轄独立使節艦隊旗艦『エクセリオン』である。私は本艦隊を預かるオガタ・マサヒサ准将である。貴艦隊との通信を求む」
全ての通信手段といえば恒多無は勿論、アナログであるがマイクロ波変域通信(1.0GHzから28.0GHz)や光通信である。これらのどれか一つにでもアンノウンの通信手段に引っかかれば御の字である。
「さて鬼が出るか蛇が出るか……」
緊張していても部下の手前、飄々として見せている。だが、サイジョウは見逃さない。
オガタが座りながらにして足が今まで見たことないほどに細かく振動しているのを。
そこを敢えて指摘するのも野暮なので、ブラックの缶コーヒーをプルタブを開けてオガタに差し出していた。
それをぐびりと飲みつつ、眼前を見据えた。
見えるのはスクリーン越しに映る「謎の大艦隊」の先遣隊と思しき艦隊。
レーダー情報では総数1062隻。
「返答……ありませんね」
「あぁ。だが、相手に反応がないのは良い反応だ」
「?」
オガタの言っている言葉の意味が分からないようで頭に疑問符を浮かべる。
「奴らが太陽系を制圧することが目的なら、現出から20分近くも静止状態である意味がない。それに俺たちがワープアウトしてすぐに撃ってこない。即ち……」
「敵対する気はない。ですわね」
「う、うむ。そうだミッシェル大尉」
ミッシェルに言葉を取られたオガタだが、この状況に手ごたえを感じると同時に落胆を禁じ得ない。
なぜならば戦闘が回避される兆しが濃厚なためだからだ。
周りからは戦闘狂として認識されそうな思考だが、ただ見たことのないこの艦艇群を我が物にしたい欲求を叶える「拿捕」が難しくなったためだ。
「もうそろそろ返事があってもいいのだが……」
相互の距離は既に0.1auまで接近している。
光速で片道50秒程度の距離だ。
恒多無はとっくの昔に彼の艦隊に届いているはずであり、光通信やマイクロ波通信の類も既に届いているはずだ。
「向こうの言語変換機に問題があるのでしょうか?」
「ではもう一度送るか」
オガタが再びマイクを握った時、通信士が手で「待って」とジェスチャーする。
「アンノウンより恒多無で入電。言語変換機に掛けます」
数秒の後、地球帝国公用語に変換されたアンノウンからの返答が聞こえ始めた。
『我々は銀河間連合所属独立調査艦隊。私は艦隊司令のアーデル・マンダである。貴国、地球帝国と話し合いをしに来た』
「……こちらエクセリオン。アーデル・マンダ司令。可能であれば貴艦隊の詳細な目的を教えていただきたい。話し合いというのは、どういうことだろうか」
銀河間連合という翻訳が正しいとすれば、相手は複数の銀河からなる格上の集団であることが確かとなる。
冷や汗を流しつつ、地球を代表する男は慎重に選んだ言葉で話した。
『オガタ准将。その前に貴国の言語変換に齟齬がややあるようだ。こちらの国家情報をエクセリオンに転送させてほしい』
思ってもみない申し出だったが、円滑に話を進めるためにも了承せざるを得ない。
81式量子演算機であればその程度の演算処理は容易いというのもあり、オガタは二つ返事で了承する。
「了承した。この回線を利用されたし」
『感謝する』
短い通話が終わったと思えば、恒多無を通じて膨大な情報が送られてくる。
それはエクセリオンだけで処理できるものはなかった。
「ちょ、これ、無理無理無理! 演算機が処理落ちするわ!」
「僚艦に分散させろ! エクセリオンは言語情報の処理を優先させろ」
「了解ですわ!」
ミッシェルが悲鳴を上げる中、どうにかこうにか処理が進められていく。
全くの異文化、異星人との初接触は、意外にも事務的ながらも友好的に進められていくのであった。
ほんやくコン〇ャク~(テッテレテッテテー)
青い猫型タヌキロボットがポケットから出してたのを思い出しました……。
今冷静に考えると、あれって人体にめっちゃ有害なんじゃね? って思っちゃいます。