第28隻目 別れの時は突然くる!
更新遅めで申し訳ありません。
総合評価ポイント2800ptを超えました。ありがとうございます><
急転直下の連続展開なっています……
「状況を報告せよ!」
艦橋内の指揮所に着くと同時に声を荒げたオガタの姿がある。
既に当直の面々が初動対応していた。
「惑星エリス付近にて1000隻前後の艦艇がワープアウト。現在、その宙域にて静止状態です」
「エリス分屯基地より画像データ受信。スクリーンに表示します」
指揮所正面に表示された特大のホロスクリーンには非現実的な光景が映し出された。
それを見たあるものは口を大きく開いて固まり、ある者は口を両手で抑えて悲鳴を堪えた。
エリス分屯基地がわかりやすくするために1㎞尺を付け加えていたのも手伝って、この画像が事実であるということが分かった。
「な、なんだこれは……」
小さな艦艇。と表現するのは不適切であるが、駆逐艦と思しき相対して小さな艦艇でも2㎞を悠に超え、巡洋艦に至っては4㎞、戦艦に関しては6㎞クラスがザラであることを示すその画像は、宇宙軍が想定していた「謎の大艦隊」の艦艇よりも遥かに大型である。
主力戦艦らしき6㎞クラスの戦艦は、円筒状の細長い本体の左右に独立した大型のレーザー砲のようなものを一門ずつ備え、その艦影は三胴船である。また艦橋を保護するためなのか、左右のレーザーが大型のアーチで結ばれていた。
藍色と黒の2色迷彩でその艦体を覆い、甲板には砲塔そのものは確認できないがスリットが見られ、格納状態であることがわかる。
「この艦影……まるで……」
オガタは酷い既視感に見舞われた。
幾度となく、前世の頃にプレイしたあのゲームのあの戦艦。後編スタートほぼ同時に購入でき、結局ラスボス戦まで使った戦艦に酷似していた。大きさや細部は異なるものの、自らが最も重用したあの戦艦と相対したこの現状に、オガタは得も言われぬ昂揚感に全身を支配されたいた。
だが、特に目を引くのはその中心に座す旗艦であった。
いままで見たことの内容な特異な造りをしていたからだ。
曲線を多用した有機的なフォルムと機能美に溢れるスマートな兵装配置。だが、艦首正面に多数開く発射孔が美しさの中に荒々しさを表現している。そのカラーリングが赤であり、流麗な艦影と相まって実に美しい艦である。
その艦達を戦うよりもずっと見ていたいし、乗ってみたいという宇宙戦艦大好きな男だったが、職務を放棄するわけにいかないと、自らの自制心を存分に働かせて制御した。
だが、やはり沈めるよりも我が物にしたい。
その気持ちは膨らんでいたのが事実だ。
「司令部より入電。『初接触のため最初は言語によるコミュニケーションを図られたし。アンノウンが攻撃してきた場合のみ、反撃を実施せよ。なお、可能であれば拿捕せよ』以上です」
(拿捕? 拿捕! その手があったか!!!)
オガタの胸中に溢れんばかりの歓喜が舞い上がった。
交戦しても拿捕すれば、我が物にできるではないか! と。
大義名分を得られた以上、オガタがそれを実行に移すための算段を建て始めたのは当然だったが、思わぬところから冷や水を浴びせられる。
「こちら船務長代行。現在81式量子演算機はメンテナンス中。残り1時間は予備演算機便りです」
船務長代行としてMOTOKOが言った一言にオガタはフリーズする。
エクセリオンを旗艦とする使節艦隊の出港予定は明後日だったために、メンテを行っていた最中である。
それは演算機だけではない、各種兵器の弾薬を弾薬庫に運び込んだり、即応兵器も装填途中だったりする。
81式量子演算機が使えないとなれば、数学的事象変動域形成フィールドは使用不能だ。
「30分でどうにかしろ。僚艦にも同様にだ。各種機動兵器は全機出撃用意を実施させよ」
ならば機動兵器だ。
月面基地に到着した3日前、残りの機動兵器各180機、計900機がパイロットと整備員ともどもエクセリオンに搭載された。
エクセリオン級1隻で1000機の機動兵器。これは現状の宇宙軍正規空母4隻分に匹敵する機動兵力を有しているのに等しい。
それが10隻近くあるのだ。
ならば正規空母40隻分の機動兵力ならば、一方的なアウトレンジ攻撃も可能である。
しかし、現実はそんなに甘くない。
「こちら整備長のズムウォルト中尉です。現在機動兵器全部が6割以上がオーバーホール中。可能な限り組み立て直してますが、稼働可能なのは予備機含めて各100機ずつが限界です」
これにはオガタは歯噛した。
出港前までのわずかな期間ながらも実機を用いた訓練を大々的に行い、安全性と出港後の保守整備簡略化のために、出港前にオーバーホール整備を指示していたのをすっかり忘れていたのだ。
また僚艦からも似たり寄ったりな報告が挙げられ、エクセリオン級の各艦の戦闘力は通常時の半分未満でった。
しかしながら、それでも上から下った命令に変更がない以上、やらねばならなかった。
「サイジョウ」
「なんでしょうか?」
「アダムとイブは総員退艦させ、操縦権限をエクセリオンに移譲させよ」
「准将。まさか……」
「いざというときのためだ。軍人なら覚悟しておくんだ」
オガタが何を行わんとしているか察したサイジョウは黙って首肯する。
アダムとイブにある縮退炉と反縮退炉。この永久機関を利用した最終兵器。
かつての宇宙軍すらも使用することに躊躇したあの兵器を、オガタは状況によれば使うことすらも作戦計画に入れる。
「地球まで超重力が及ばない座標の割り出しを頼む。地球が全域常夏か極寒になるのは見たくもないからな」
「承知しましたぜ」
サイジョウは敬礼を残して即座に生体コンピューターによる計算を始めていた。
「ミッシェル大尉は?」
「大尉なら量子演算機の最終調整中です」
MOTOKOが代弁した。
なるほど、あの時の言葉が方便ではなく実際にそうだったな。と、今になってオガタは思いだしていた。
そもそもメンテナンスを命じたのはオガタ自身であったのだが……。
「了解した。……全艦隊に通達する。現在時より15分後に全艦隊出港する。目標エルス。各艦間隔100㎞の円錐陣。魁は本艦、エクセリオン。以下は艦番号順に配置に付け。速力は通常巡航。目標宙域到着次第、各艦は電磁シールドを展開し待機。本艦が初接触を図る。決裂時は普段の訓練通り実施する」
命令下達が行われる。
一部作戦は伏せられているが、僚艦にもアダムとイブから総員退艦が始まったことは把握されている。
艦長クラスの多くがそれが何を意味するのかくらいは朧げに理解していた。
「オガタ准将閣下」
「遅いじゃないか、天羽特務准将」
「その……」
「今一度いうが、君は今軍人だ。務めを果たせ」
天羽の言葉を遮って、オガタは命令を下した。
「了解であります」
「それとだ……天羽特務准将。私は今、目の前の宇宙戦艦に首ったけだ。他のことに現を抜かす余裕はない」
「はい。そのよう……でありますね」
少し寂しそうに返事するこの白髪の少女。
天皇や国王といった象徴が名実ともにただの象徴となって久しい。輝かしい栄光も既に過去となり、いまだに残るはその残滓のみ。されど心に皇族としての誇りを失わず、この場に臨む天羽の志は富士の山よりも高いのは、認めざるを得なかった。
だが、オガタとしては非常に言いにくいことを、この皇族将校である少女に告げなければならなくなった。
「天羽特務准将。貴君に伝えねばならないことがある」
オガタは指揮所内を見下ろす艦隊司令兼艦長席から立ち上がる。
おもむろに天羽を向き、その軍帽をそっと外した。
「貴君の特務准将の階級を剥奪。即時退艦せよ」
総司令部より今しがた送られてきた脳通の命令。
『天羽特務准将の階級を剥奪。天羽皇太子殿下を退艦させよ』
今は州となったが皇族の血筋は日本国の象徴である。
第三次世界大戦を終結に導いた軍神の直系の子孫。その血を絶やすわけにはいかないからだ。
連綿と紡がれてきた4000年近い歴史を持つ天皇家。その直系の皇太子殿下ともなれば尚更である。
天羽は驚きの表情を浮かべ、俯いてしまった。
「拒否権はありますでしょうか?」
「ありません。皇太子殿下には即刻、退艦していただきます」
階級がなければ、皇太子殿下である。
オガタの言葉もそれ相応に切り替わったのを見て、己が一人の人間としてではなく、皇太子に戻ったことを天羽は自覚した。
「……わかりました。案内を頼みます」
「はい。畏まりました。ゼニガタ少佐がすぐ参りますので、席に掛けてお待ちください」
すっかり言葉遣いまで変わってしまったわけだが、それでもこの少女はどうしてもオガタに伝えたいことがあった。
「オガタ准将」
「なんでしょうか?」
「私は貴方の事を……」
絞り出す言葉、だが続きが紡がれることはない。
「時間です」
オガタが呟き扉を指さす。そこには敬礼をする男がいた。
「ゼニガタ少佐、以下6名。天羽皇太子殿下をお迎えに上がりました」
「ご苦労。殿下の警護を頼む。2番ハンガーの一番連絡艇を使用せよ」
オガタは答礼し命令を下達する。
全ては決定事項だったのだ。
皇族が何万光年も彼方へ使節として派遣されるというのはプロパガンダ用の建前。実際には出港前に影武者と入れ替わる計画だ。
「……准将。ご武運を」
「殿下にあらせましても何卒、ご自愛を」
簡単な別れの挨拶を互いに述べ、二人はすれ違う。
振り向くことなど無粋の極みと両者分かっていれど、惜別の情は皆無にあらず。
短い間ながらも濃厚な時間であった。
振り向かず、背中を向け合って別れの言葉を、天羽は告げる。
「私の最初の戦友であるオガタ准将。私が成人した暁には、必ず挨拶に伺います」
「……御意に」
扉が閉まる。
指揮所内は相変わらず緊急出港前ということもありバタついているが、どうにかなりそうだった。
「サイジョウ」
「はい」
「コーヒーを」
「缶コーヒーなら……」
「構わん。今は……格別甘いのが良い」
普段なら飲むことがない非常に甘い缶コーヒーを握り、プルタブを押し上げ封を切る。
ぐびりと飲んだそれはとても甘く、初めてコーヒーを飲んだ時を思い出せるものだった。
ついでとばかりにタバコの先端に火を点ける。
紫煙燻らせ指揮所に満たされていく副流煙も、強制換気装置が作動して艦橋内は清涼な空気に保たれていた。
「こちら船務長代理。演算機及び機動兵器を除き、出撃用意完了」
「了解」
紫煙を燻らせる中、サイジョウはそっと灰皿を差し出す。
そしてハンカチでオガタの目をそっと拭った。
「何をするんだ?」
「汗……を拭いておりますぜ」
「汗か……」
それが汗などではないことなど誰が見てもわかりきっていたことだ。
誰も否定しないのは忙しいだけではない。
オガタという一人の上官が、天羽という一人の少女の気持ちを理解できない男ではないことくらい、誰もが理解していた。そしてそのことにオガタが葛藤し、また天羽を退艦させることに無感情であったわけではない。
人一倍、いや人十倍情の篤いオガタが、命令によって己の感情を殺して軍務に徹する様に、誰が茶化せるだろうか。
定刻となる。
「全艦隊、出港! 我に続け!」
艦隊内に無線で命令が下され、エクセリオン含む12隻の艦隊は太陽系外縁にある惑星エリスに向け、亜光速航行を開始したのだった。
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