第1隻目 縮退炉を復活させよ!
帝国宇宙軍技術開発局第2研究室「江計画」専用実験棟
長ったらしい表札のかかったゲートがある。物々しい雰囲気に包まれたゲートを潜れば、超大な敷地に巨大な実験棟がある。
そここそが、オガタが受けた大任を果たすための実験施設である。
この実験棟は、太陽系第4惑星火星の赤道付近に建造されている。もともとは300年以上昔に、とあるエンジンのための実験施設だったが、150年前に起きた大マゼラン銀河共和国との戦争に50年の時をかけて勝利した後、閉鎖されたのだ。
理由は、両軍一斉軍縮のためだった。
その一斉軍縮の対象となったのは「縮退炉」を搭載した全艦船の解体と、実験施設の凍結である。
縮退炉とはなんぞや。それはブラックホールが質量を吸収して成長する一方で、ホーキング放射により質量をエネルギーに転換し蒸発しているのを利用したエンジンである。
ブラックホールの質量が小さければ小さいほど、ホーキング放射が高い。つまり、極小のブラックホールが維持できるだけの質量を与え続ければ、莫大なエネルギーを利用できるというエンジンなのだ。
通常のエンジン……ガソリンエンジンの場合ならば、ガソリンが燃焼されるときに熱エネルギーとして多くのエネルギーが逃げ、さらに機械駆動の摩擦などにより、実際にタイヤを回転させるために利用できるエネルギーは非常に少ないのだ。また、ガソリンは軽く、体積と質量のバランスを鑑みれば、その無駄は比較するのも烏滸がましいレベルだ。
この縮退炉の理念こそ確かに1500年以上昔にあったわけだが、実際にモノになったのは250年前と、割と最近になってからだ。
そして、なぜ参謀本部という魔窟に住まう化物たちが、縮退炉を忘却していたかだが、それはその発想が浮かばなかっただけというものである。
なぜならば、彼らとって100年ほど昔に結ばれた条約を遵守することこそが、共和国への最大の敬意と謝罪に繋がるという深層心理が働いたからだ。
彼らは確かに戦った。血を血で争う長年の抗争の果てに、地球帝国は最悪の作戦に踏み切る。
「縮退炉暴走事故を装ったブラックホール爆弾による敵軍艦隊の打撃」
その作戦は決行寸でのところで、共和国から降伏が申し出られた。
理由は互いの体感時間の違いである。地球では50年という非常に長い時間をかけて戦っていたというスタンスだが、共和国はわずか10年間の戦争であったという。これにより、地球よりも短期間で多数の艦船を沈められ、さらには次の戦闘時には地球帝国は次々と新型艦を繰り出してくる始末だったのだ。
この体感時間の違いこそが命運を左右した。
もしも、地球の体感時間が51年であれば、この作戦は決行されていただろう。
もしも共和国と帝国の体感時間に差異が無ければ、帝国は負けていただろう。
銀河を二分した戦いは、宇宙の神秘により決着したのだった。
こうして、両軍が今後、これ以上の血みどろに塗れた戦争を繰り返さないために、縮退炉の放棄と研究の凍結が条文に書かれたのだった。
そして今、彼の目の前には、小マゼラン銀河調査艦隊旗艦である「アダム」と副旗艦「イヴ」が鎮座している。
調査艦隊は大マゼラン銀河共和国との戦争よりも早くに銀河探索に旅立っており、機関は「縮退炉」である。
この縮退炉を調査しつつ凍結されていた研究データを基に、より高性能な縮退炉の建造を行うのが、オガタの一つ目の仕事である。
「さてと……このエンジンが縮退炉か。一歩間違えれば星どころか太陽系が消えちまうな」
そう冗談めかしに副官に声をかける。
「そんなおっかないこと言わんとってくださいよ」
副官であるカオリ・サイジョウ技術大尉はしかめっ面でオガタを睨む。
サイジョウ大尉の祖父にあたる人物こそが縮退炉建造に大きく寄与した天才宇宙物理学者である。彼の研究情報は全てデータ化され、いまはカオリ・サイジョウの脳内メモリに保管されている。
オガタはそのことをどこで聞きつけたのか、彼女を副官として無理矢理……訂正、三顧の礼を以って招集した。
そこで、さてどうするか。とオガタは呟くと、大型スキャナーで機関部丸ごとをスキャミングする。
その情報を生体コンピューターと化した脳で読み込み、解析していく。
その中で、解析不能な情報が一つでてくる。
「……こいつの餌はなんだ? 一体なんなんだ?」
疑問に思うことがあった。
ブラックホールの生成・維持に不可欠な燃料となる「質量」である。
艦内スペースを圧迫せず、なおかつ比重が非常に重い物体(素粒子)が望ましい。だが、この縮退炉にはその記載がない。
「この縮退炉は、エネルギーを質量に変換する逆ホーキング放射……いわゆるホワイトホールのようなものを逆縮退炉により生成し、両者の均衡を保つことで莫大なエネルギーを精製している完全なる永久機関です。問題としては始動時に、質量を精製するためのエネルギーを外部より取り入れる必要があることくらいです」
さりげなくサイジョウが補足するが、それはおぞましい機関である。
つまりは両者の均衡が乱れれば、いつ太陽系を滅ぼすほどのブラックホールが生まれるかわかったものではないからだ。
「いまは逆縮退炉へのエネルギー供給を遮断しております。ですので、既に縮退炉のほうで縮退は停止しております」
「あぁ、なるほどな。まぁ、無補給で数十年も宇宙を亜光速で飛んで、ワープするもんな」
あははは。と笑って見せるが、汗の筋が頬を伝う。
自らが言った軽口が、冗談では済まないことだったからだ。
「だが、こんな不安定な機関では駄目だ。あくまで質量は外部供給型にするべきだ」
オガタはそんな危なっかしいもの、絶対に使ってなる物か!と心に固く誓う。
こうして縮退炉の建造においては、近年発見された静止状態から超光速まで加速可能な素粒子、タキディオンをブラックホールに供給する質量とすることが決定された。