そして、次の街へ
ずずん、と土埃を上げ倒れ伏すアイアント。
同時に、歓声が巻き起こる。
「わあああああああああああああああああああ!!」
「よくやったぞウィル!」
「すごいですっ! ウィルさん!」
俺の応援をしてくれた人たちに、手を振って返しながら俺は内心冷や汗をかいていた。
ふぅ、何とか勝てたな。
正直言ってぎりぎりの戦いだった。
グラビティホールのダメージはきっかり3分の1だったからな。
あそこで俺に煽られ、一か八かの勝負を仕掛けられたら負けていただろう。
だがジードは召喚師長として簡単に負けるわけにはいかず、安全策を取った。
召喚師長としてのプライドに救われたな。
「負けた、か」
ジードはポツリと呟くと、倒れ伏すアイアントに向け、杖を振るう。
「……よくやったぞ、アイアント」
杖が光り、アイアントは魔石の中に吸い込まれていった。
そして一呼吸。俺をまっすぐに見据え、右手を差し出してくる。
「うん、大したもんだ。君の勝ちだよ。ウィル君」
「こちらこそ。いい勝負だった」
俺はそれに応じ、がっちりと握手を結ぶ。
俺の勝利を祝福するように、観客席から割れんばかりの拍手が巻き起こるのだった。
■■■
「さて、それでは俺に勝利したウィル君には、こいつを渡さなければなるまい」
ジードがポケットを弄り、取り出したのは緋色に輝く魔石である。
おおっ、念願の魔石だ。
「ありがとう、大事にするよ」
両手で魔石を受け取る俺を見て、ジードは満足そうに頷いた。
「これで君も魔石を二つ手に入れたことになる。ようやく一人前の召喚師ってところだな。大召喚師への道のりは厳しい。これを励みに頑張りたまえ」
「わかったよ」
「うむうむ、それでは早速付けてみるといい」
ジードに促され、俺は魔石を杖の先端の窪みに取り付ける。
キラリと光る新たな魔石が杖を飾った。
「しかし俺のアイアントが負けたのは久しぶりだ。何年か前に大召喚師殿に稽古をつけてもらった時以来か……うん、君には大召喚師殿とどこか近しいものを感じる! これからも修行に励みたまえ。それとこれはギルドからの手向けだ。受け取るといい」
そう言ってジードは金貨の入った袋を手渡してきた。
金色硬貨が何枚も入っている。
「100000セラ入っている。生活費に充てても良し、新たな道具を買っても良し、先に使いたまえ」
これだけあればしばらく生活には困らないか。
これはとてもありがたい。
「では、達者でな」
「何から何までありがとう。ジードも元気で」
「君の旅の無事を祈っているよ。それでは!」
俺はジードに見送られ、ギルドを後にした。
■■■
「ウィルさーーーん!」
旅の再開の準備をしていると、小走りに駆けてくるルーシアが見えた。
俺のところに辿り着くと、呼吸を整える。
「はぁ、はぁ……よ、よかった」
「どうしたんだ?ルーシア」
「いえ、はい。まずはその、おめでとうございますっ!」
興奮した様子で俺に詰め寄るルーシア。
「スキル構成も相手の行動を読んで、考えて、考え抜いた、そんな試合……私もう感動しちゃって!はい!」
口早にまくし立てながら、ルーシアは目を輝かせている。
「まぁギリギリだったけどな。勝ててよかったよ」
「はいっ! 素晴らしい試合でした!」
そこまで喜んでくれると何だかこちらまで嬉しくなってくるな。
妹が出来るってこんな感じなのかもしれない。
まんざらでもない俺に、ルーシアは言葉を続ける。
「それでその……お願いがあるのですが!」
「なんだい?」
「えっと……その……」
俺や質問にルーシアは指を絡め、何だか言い辛そうにしている。
頬を赤く染めていたルーシアだったが、意を決したように俺に顔を近づけた。
「あの! 私を弟子にしてくれませんかっ!?」
勢いよく頭を下げるルーシア。
俺はいきなりの弟子入り志願に困惑しながらも言葉を返す。
「弟子?」
「はいっ! 私、ウィルさんのような召喚師になりたくて……」
おずおずと言うルーシアに、俺はきっぱりと返す。
「俺みたいなってのはどういう事だ? 具体的な目的もないのに弟子入りしたいなんて言うもんじゃないぞ。それに行き詰まっているようにも思えん。金を積んでジードに手加減してもらえば、先に進めるんじゃないのか?」
「そ、それは……」
俺の追求にルーシアは押し黙った。
その目は少し潤んでいる。
ちょっと可哀想だったか。
だが年頃の女の子がどこの馬の骨ともしれない男相手に弟子入りなんて、あまりにも短慮。
そう易々と受け入れていいものではない。
ぽつり、ぽつりとルーシアが言葉を続ける。
「……私の家はとても厳しくて、両親から召喚師になるのを反対されました。それでも諦めきれなかった私は修行を続け、半ば無理やり召喚師になったのです。それで両親と揉めに揉め、条件として出されたのが……」
「本気のジードに勝つ……か?」
こくん、と頷くルーシア。
「ジードさんの強さはこの辺りでは有名です。本気を出したジードさんに勝つこと、それを条件に私は旅に出ることを許されました。だから絶対、勝たなければならないんです!」
真っ直ぐに俺を見て、ルーシアは言った。
俺はやれやれとため息を吐く。
「……なるほど、そういう事かい」
「はい! ですからどうか、私を弟子に……」
懇願するルーシアに、俺は首を振って返す。
「だったら先に他の街へ行けばいいじゃないか」
「え? それはどういう……」
「最終的にジードを倒すのが条件であって、街を回る順番までは指定されてないだろ」
「あ……!」
俺の言葉に意味に、ルーシアはすぐ気づいたようである。
そう、本気のジードに勝つのが条件とはいえ、最初に戦う必要はない。
他の街を周り、実力をつけてからでも遅くはないのだ。
「確かに、盲点でした」
目からウロコが落ちたような顔で、ルーシアは呟く。
若者は視野が狭くなりがちだ。
特にルーシアのような真面目で世間知らずなタイプは。
「だから俺に弟子入りする必要なんてないさ。もっと色んなところへ行き、視野を広げてみて、それでもと思ったら俺のところに来な」
そう言って俺はルーシアに背を向けた。
食料やらなんやら、旅立ちの準備は終わったし、ここに用もない。
すたすたすた、と俺の歩く音が後ろから近づいてくる足音と重なった。
隣にいたのはルーシアだった。
「柔軟な思考を持つのが大事、という事なんですね」
「まぁそうだけど……なんでついてきてるんだ?」
「弟子入りはダメでも一緒について行くのは構いませんよね?」
俺の疑問にルーシアは、ニッコリと笑って答えた。
……意趣返しというわけか。全くもって柔軟な発想だな。
俺は思わず苦笑する。
「……勝手にすればいいんじゃね」
「はいっ! そうさせて貰います!」
こうして俺は、弟子らしきものを得る事となった。