召喚師、召喚師長に挑む①
翌日、俺はギルドの闘技場へと足を運んだ。
いつも通り足元には砂が敷き詰められ、巨大な岩石が幾つも立っている。
中に入るなり、歓声が浴びせられる。
「おう、ウィル! 頑張れよ!」
「そうだそうだ! 負けるんじゃねぇぞ!」
採掘場の現場監督さんとその仲間たちだ。
どこで聞きつけたのか、応援に来てくれたようである。
「ウィルさーーーんっ! 頑張ってくださーーーいっ!」
一際大きな声援を上げているのはルーシアだった。
ちょっと気恥ずかしいが手を振って返すと、ルーシアは嬉しそうに笑った。
「やぁやぁ、人気者だねぇ」
向こう側の扉から現れたのはジードだ。
俺は闘技場の中心で、ジードと対峙する。
どっ、と一際大きな歓声が上がった。
流石は召喚師長、俺の完成とはわけが違う
「あの二人、ガイナスとラグナスはギルドから追放されたよ。実家の人間が大慌てで迎えに来て、連れ戻されるそうだ。刃を向けられたウィル君としては手ぬるい処罰かもしれないが、二人の実家はギルドに出資していてね。このくらいで勘弁してやってくれないか?」
「ジードが謝る事じゃないよ。気にしないでくれ」
あれだけの事を起こせば奴らももう何もしてこないだろう。
何かしてきたら……まぁそのうち対策くらいは考えておくかな。
意外と物騒な世界だし、あぁいう奴らは少なくなさそうだ。
「そう言ってくれると助かるよ。……さて、それじゃあ早速やろうか。一対一の通常対戦で構わないかな?」
「うん、お手柔らかに」
俺とジード、互いの視線が交差する。
取り出した杖の先端をカチンとぶつけた。
「では、勝負だウィル君!」
望むところである。
俺は構えていた杖を振るい、コチックを呼び出す。
「いけ、コチック」
「ぴぃーっ!」
光と共に飛び出したコチックが、やる気満々に鳴く。
「アイアント、頼んだぞ!」
「ゴォ!」
ジードもまた杖を振るい、アイアントを呼び出す。
巨体が地面を揺らし、砂埃を舞い上げた。
「コチック、撹乱だ」
俺の命令でコチックはアイアントの周囲をぐるぐると走り回る。
相手の命中率を下げつつ、単一のスキルのみを使わせるよう行動を制限するスキル、撹乱。
先手で使った場合には、次の相手の行動が適応される。
「アイアント、高速タックルだ」
ジードの命令で、アイアントは全身を丸め転がってくる。
高速タックルか。よし、まずは想定通り。
アイアントが初手で使う可能性の高いスキルは、攻撃力と防御力を上げるハードボディか、一撃は重いが反動ダメージのある高速タックルのどちらかだ。
アクアショットの可能性もまぁ……あったが、弱点属性でもないしわざわざ使ってはこないだろう。
ハードボディを使った場合、撹乱による行動制限でその後何度もハードボディを使う羽目になる。
そうなれば俺は羽休めでひたすら回避力を上げておけば、もう攻撃は当たらなくなる。
そうなれば詰み。
故にジードはそれをされる前に倒すべく、高速タックルを使うだろうという読みだ。
「ゴォォォォォ!」
轟音を鳴り響かせながら転がってくるアイアント。
ここが勝負の境目だ。
躱す事が出来れば次は羽休めを使い、さらに回避力を上げる事が出来る。
更にそれを繰り返せば盤石。
だが当たれば負け。
俺にとってもリスクのある選択だが、不利属性であるコチックで倒すにはこれしかないのだ。
ここは気合で躱して貰うしかない。
「コチック、躱せ!」
「ぴぃぃぃっ!」
コチックは急ブレーキをかけ、姿勢を低くしてアイアントの突進を掻い潜る。
砂埃と轟音が響く中、数枚の羽根が空を舞った。
ずずん! とぶつかった衝撃で地面が揺れる。
砂埃が晴れていき、二体の姿が露わになる。
アイアントは反動ダメージで2割ほどHPを減らしていたが、コチックのHPは全く減っていなかった。
見事、回避に成功したのだ。
「よぉぉし! よくやったぞコチック!」
「ぴぃっ!」
俺が誉めると、コチックは嬉しそうに鳴いた。
戦闘に集中して欲しいところだが、とにかくよくやった。
俺は続けて指示を出す。
「コチック、今のうちに羽休めだ」
次に命じるのは羽休め。
今回躱したのは運が良かっただけだ。
より盤石にする為には、更に回避力を上げておく必要がある。
「ゴォォォ!」
アイアントの次の行動は、再度高速タックルだ。
攪乱の効果により、あと数回は同じ行動をとり続ける。
よけろ、よけろー。
俺の念が届いたのか、高速タックルはコチックのすぐ脇を通り過ぎていった。
いよっし、ラッキー。
「ぴーっ!」
俺が何を考えているかわかったかのように抗議の鳴き声を上げるコチック。
自分が頑張ったから躱した、とアピールしているのだ。
そんなコチックを見て、俺は思わず苦笑する。
「すまんすまん、悪かったよ。よく頑張ったな。コチック」
「ぴっ!」
当然だとでも言わんばかりにコチックは胸を張っている。
攪乱と羽休めで合計三回、回避力上昇を積んだ。
これでそう簡単には当たらないはずだ。
だが防御だけでは勝てない。そろそろ攻撃に移るとするか。
「コチック、エアショットだ」
俺が命じると、コチックは翼を広げ風の刃を撃ちつける。
強烈な風で砂が舞い上がる中、エアショットがアイアントを直撃した。
アイアントのHPバーがゆっくり動き、1割ほどを削り取った。
うーむ、やはり不利属性の攻撃ではダメージが出ないか。
「――ふむ」
ジードが口元に手を当て、したり顔で呟いている。
なんだあの余裕……いや、ラグナスらとの戦いを見ていた奴にとって、この事態は想定の範囲内だろう。
一度も当たらなかったのはかなり幸運だったとしても、だ。
ならば何か、他の手を用意している――?
「ゴォォ……」
アイアントの目の色が正気に戻る。
しまった、予想以上に早く効果が切れたか。
採掘場のイシコロロで攪乱の時間を測定していたが、それよりも2ターンほど早い。
状態異常耐性は防御力に依存している。このアイアント、俺の想定より硬いようだ。
ジードは正気を取り戻したアイアントに命令を下す。
「アイアント、グラビティホールだ!」
「ゴォォーーー!!」
――しまった、こいつアクアショットを抜いて新たなスキルを追加していやがったのか。
グラビティホールは相手がどれだけ回避力があろうが関係なく当たる、必中攻撃のスキルだ。
だがその強力な効果と引き換えに、使用には制限がある。
ある、のだが……これに関してはむしろその制限は有利に働いているというか……
つまりグラビティホールは相手にかかっている重複を含む強化の数に応じて、固定ダメージが与えられるのだ。
「ぴぃぃっ!?」
コチックの周囲に大きな黒い球が浮かび、引き寄せられるように近づいていく。
逃げようとするが漆黒の魔力球の発する重力にて、動くことができない。
ぐしゃり、と嫌な音がしてコチックのHPが削れていった。