召喚師、戸惑う
「ウィル=ロードライト、君を召喚師に任命する」
目の前で仰々しい格好のおっさんが言った。
ウィルって誰だ? 辺りを見渡すが俺以外には誰もいない。
俺は日本のごく普通のサラリーマンであって、ウィルなんとかではないし、ましてや召喚師でもない。
ない、はずなのだが……
なんだか様子がおかしい。
何故なら俺自身もおっさんが着ているようなローブを纏っており、手には奇妙な形の杖を持っている。
周りの壁や調度品は奇妙な素材で出来ており、装飾も見た事がないものだった。
人も、建物も、どこか中世ヨーロッパのような雰囲気だった。
「どうしたんじゃ? 呆けた顔をして」
戸惑う俺に疑問を感じたのか、おっさんは俺に尋ねる。
「どうしたと言われても、それはこちらが聞きたいんですけど……?」
「む、寝ぼけておるのか? ウィル、お前はこの数年、召喚師として修行を積み、ようやく念願の召喚師になれたのじゃろう?」
そう言われても、全く覚えがない。
まぁ俺が小学生とかの頃はゲームや漫画の影響で召喚師に憧れた事もあるが、それも子供ながらにあり得ないとわかっていた事だ。
夢にしては妙なリアリティを感じるが、この空気感にも耐えられない。
おっさんに怪訝な目で見られているし、この場は適当に流すとしよう。
「で、ですよねー。ちょっとうたた寝してたかもしれません。あはは」
「……全く、大丈夫なのか? 明日は旅立ちだというのに……ともかく今日は家に帰ってゆっくりと休むのじゃぞ」
「はい」
と、返事をしてその部屋を後にする。
ふぅ、やっと一人になれた。
俺はその場を後にすると、建物の外へ出る。
一瞬、日射しに目がくらんだ後、視界が開ける。
「……わぉ」
広がっていたのはまさしく中世ヨーロッパ的世界。
煉瓦や粘土で作られたような家々が立ち並び、人々の格好もまたそれに準じたものである。
しかし不思議とその光景はどこか見た事があるように思えた。
「気のせいかもしれないが……とにかく色々と確かめてみるか」
俺はおもむろに街中を歩き始める。
「おう、ウィル! 無事に召喚師になれたんだな!」
「ウィルちゃん。召喚衣、似合ってるわよ」
「頑張れよ! ウィル!」
道行く人たちに声をかけられ、愛想笑いを返す。
どうも呼ばれ慣れないが、俺はウィルという事になってるいるらしい。
水面に映る自分の顔は15歳くらいの少年で、見た目も全く違っていた。
黒い髪こそ同じであるが、身体も細いし顔立ちも違って見える。
だがそんな自分の名前や姿にも、違和感がほとんどない。
この街に関する記憶も鮮明になってきた。
確かあの壁を曲がった先に俺の家があった気が……
「おい! ウィル!」
と、探索中に後ろから声をかけられる。
振り向くとそこにはツンツン髪の少年が立っていた。
「えーと……誰」
「てめぇ! バカにしてんのか!? レヴィンだよ、お前のライバルのレヴィン=ガルモフ様だよ!」
立てた親指を自分の顔に向け、大声で恥ずかしい自己紹介をするレヴィンに俺は思わず白い目を向けた。
うわぁ……自分の事を「様」とか言ってるよこいつ。
てか俺の事をライバルとか言ってるが、恥ずかしくないのかな。
鈍感なのか大物なのか、レヴィンは俺が怪訝な顔をしているのにも気づいていないようである。
「へっ、どうやら随分ビビっちまってるみたいだな。そんなんで明日からの旅は平気なのかねぇ。おっと俺様も暇じゃねぇんだ。あばよ!」
と、レヴィン君は勝手に一人で納得して帰っていった。
なんだったんだろうか。
「それにしても旅立ち、か」
あのおっさんも街の人もレヴィン君も、同様にそれを口にしていた。
よくわからんが俺は明日旅立つ事になっているようだ。
まぁこんな小さな街にいても仕方なかろうし、旅立つのは構わないのだが、まだ何が起きたのか把握しきれていない。
とりあえず俺の家に行ってみるか。
辿りついた家は、やはり見覚えがあった。
古ぼけてはいるが、立派な扉の前で俺は立ち尽くしていた。
「……とはいえちょっと勇気がいるよな」
ノックをしようとしてはやめて、そんな事を何度か繰り返した後、俺はええいままよ、と扉を開ける。
恐る恐る中を覗くと、丁度台所に立っていた女性と目が合った。
「あらウィルおかえりなさい」
「た、ただいま……」
出迎えてくれたのは30代半ばくらいの女性、俺の母さんである。
やはりここは俺の家だったようだ。よかった。
「……あ! その服! 召喚師になれたのね。よかったわねぇ」
「う、うん。そうなんだ。それでその、明日の旅立ち? の件なんだけど……」
聞こうとして、俺は口ごもる。
家の片隅に奇妙な物体が動くのを発見したからだ。
それはでっかい花のつぼみのようなもので、わずかに開いた花弁の中心に人間の上半身がついていた。
頭上は花びらで彩られ、可愛らしい顔をしている。
その生物を見た俺の脳内に電流が走る。
「しゅーるるー♪」
「あらあら、ハナナもお祝いしてくれているわよ」
――――そう、ハナナだ。
草のような姿をしており、蔓を触手のように伸ばして器用な動作も可能とする魔獣。
そう、これは俺が昔やり込んだゲームだ。ようやく既視感の正体に気づいた。
これは魔獣を捕まえ、相棒として共に戦うRPG『サモニングサモナー』。
何の因果か俺はその主人公に乗り移ったようである。