163、思考の枷と神の可能性
なぜ村を襲うようになったのか、その理由を探るためにヴェルウルフに変身し、彼らから理由を探ることとなった俺だったが、重要なことを俺はすっかり忘れていた。
「……それで? いつになったらヴェルウルフに変身するんだよ?」
「ヒナタお兄ちゃん変身下手くそなんだねぇー。ねーオウセ?」
「ヴォウ………」
いや、全く本当にだよ!!
モンスターになるため、意気揚々と街の外に出たはいいが、さっきから一向にモンスターへ変身できる兆しが見えない自分に焦りが募る。
なんで前と同じようにヴェルウルフになった自分をイメージしているのに変身できないんだ?
「ッチ………しゃあねーな。見てると変身しづらいってんならあそこで見ないようにしてやるから変身できたらこいよ」
「そだねー。いこーオウセ!」
二人と一匹の気遣いがむしろ痛い!
いや……彼女らなりの優しさなのはわかるが、なぜ変身できないのか、原因がわからない以上正直お手上げ状態だ。
はー……どうしよ?
『何やらお困りのようですね、ヒナタ。…………相変わらず不器用な神様候補のようでなりよりです』
呼ばれて飛びでてくれてありがとう。
なんならもうちょっと早く飛び出てくれてもよかったとか、つい彼女の前だと小言を言いそうになるが今はそこじゃない。
「はいはい、不器用でごめんな。んで? なんで上手く変身できないんだよ? 時間ないから手っ取り早く教えてほしいんだけど」
『そうですね、自力でよもやとは思いましたが、それも叶わなそうなので手っ取り早くお伝えしましょう。……理由は簡単。それはヒナタが変身したがってないからです』
「はぁ?! ………とんち言ってないで、ちゃんと理由をつけて説明してくれよ!!」
『簡素にと言ったから、お伝えしたのに今度は理由をつけて説明しろだなんて……わがままですね?』
一々むかっとする事を言わないと気が済まない、性分か何かの彼女の言葉に腹を立ててはいけない。……あと一回だけ我慢だ、俺!!
『変身したがらないと言ったのは、ヒナタの気持ちの問題というより、思考の問題です。ヴェルウルフに変身する際……何を考えてましたか?』
「は……? そりゃ普通にオウセとか村であった奴らを想像して、あれになった自分はどんな姿になるだろうなって……エルフになった時と同じように考えてたけど?」
まぁそれ以外には変身したら服はどうしようとか、腕輪とかどうなるんだろうとも考えはしたけど………。
『…………服とか腕輪とかどうしようって考えてましたよね? その雑念も原因の一つですが、一番は姿が似た種属になるのと、今回の変身は全く別物ということを理解してください。その理解が足りないからいくら経っても変身できないのです』
「な………理解っていったって! じゃあどうすれば変身できるっていうんだよ!!」
思わず声を荒げるも、至極冷静な彼女はいなすようにわざと大きなため息をつく。
その瞬間。空気が重く、そして鋭くなるのを感じた。
『何故何故と問うばかりで考えようとしないのはどなたでしょう。答えを持っている私が教えたとて、今のあなたでは到底変身なぞできません。………何故か? それはあなたが“人間”だからです。“人間”である以上、何かになるなど到底無理でしょうね』
「な………に、人間だからって……」
そんな当たり前の事を言われて言葉も出せずにいたが、人間だから変身できないという言葉に、俺はついさっきまで忘れていたことを思い出した。
——自身が何者であるかを。
そして何故、変身できずにいたのかを。
「お…………お、れが変身できなかったのは俺が“人間のまま”でいたかったから? 人間だからそれは無理だ、不可能だと思考に………想像することに枷をかけていたのか……?」
『………以前にも申した通り、神というのは人の……いえ、世界の道理を変えられてしまう存在です。あなたがその気になれば服や腕輪などどうにでもなる事を……実に人間らしい思考でもって、あなたはモンスターになることに対し懸念を抱き、そして思考を乱した。…………神の能力に上限も下限もない。だけど、それに枷をかけたのは……ヒナタ、あなたです』
「………。悔しいけど、フルルージュのいう通りだ………悪かった。八つ当たりっぽく当たって。あと、一応……ありがとう」
『どういたしまして。………ふふっ』
どうにも素直になりきれない気持ちが言葉を濁らせるが、そんな俺の気持ちを汲んでか素直じゃない俺の言葉を優しい微笑み一つで返し、その余裕っぷりに自分の幼さが余計目立って恥ずかしく感じてしまう。
『それと一つだけお伝えを………。あなたの意思や思いは汲みますが、それでも死の危機に瀕した時は迷わず別のモノになって、隠れるか逃げるかをしてください。あなたを生かすためなら私も手段を問いませんので……』
「分かったよ。俺も覚悟しておく」
『では今暫く会えませんが……何かあればいつでも呼んでください。無理だけは、無理だけは決してしませんように』
少し寂しげにフッと消えた彼女の顔は何故だろうか? 今にも泣き出しそうに感じたが、それも一瞬のことだったので思い違いだろうと、今集中すべきことに集中するべく、頭を振り思考をクリアにする。
——フルルージュのいう通り、服や腕輪なんか気にしない。それすら自身の一部だと思って変えてしまえばいいのだ。それよりももっと深く……ヴェルウルフについて想像しよう。
姿形は……大丈夫、忘れるはずもない。言葉も大丈夫だろう。なればきっと話せる。あとは彼らの仲間なのだと、ヴェルウルフになる覚悟と意思だけだ——
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《お。上手くやれたみたいだな、ヒナタ。…………うん、匂い以外完璧だ》
《ヒナタお兄ちゃんの匂いなのにヒナタお兄ちゃんじゃないみたい〜〜!! すっごいねー!!》
《てか、腕輪もそのまま右前足についてるけど、どうなってんだ? ………まぁ、問題はないだろうからそのままでもいいけどな》
無事ヴェルウルフに変身できた俺は二人と一匹が待つ場所へ戻ってきた。街を出る前まで不安だった歩き方や変身後の違いについて色々不安だったけれど、なってみれば案外順応するもので、今のところ何一つ問題はないように感じた。
「……初めて、こうしてお話することができて嬉しいわヒナタ。改めて、ワタシはオウセ。こうしてお話できてうれしいわヒナタ」
「あぁ、俺も嬉しいよオウセ。まさか同じ姿でこうして会話ができるだなんて…………思いもしなかった」
まさか自分がサンチャゴさんの村で知った、ヴェルウルフそのものになるだなんて、誰が考えただろうか?
あの時の俺はただモンスターが村人を襲うことに対して、恐怖することしかできなかった。ただその存在が恐ろしいものに感じて。だから俺は。
だから………?
そういえば。俺は、俺はオウセに会ったら何かを聞かなければいけなかった気がする。いや、聞くんじゃなく言うんだったかもしれない。
いや、そうじゃない。それは今考えてはいけないんじゃないのか? それを今考えるのはとても………とても怖い気がする。
「本当だったらゆっくりお話したいところだけど、時間がないわ。急いで匂いを付けに行かなければ。さぁハーセルフ、行きましょう」
《りょーかいだよーオウセ!! じゃあ早速しゅっぱーつ!!》
「ぁ……え……?? ま、待ってくれ! 匂いをつけに行くって、オウセの匂いをつけるんじゃないのか?!」
「それは最終段階の話よ。それよりも前に春の匂いを付けなければ、十中八九仲間と認めてもらえないでしょうから……そのために春の匂いを付けに行くのよ」
矢継ぎ早に次から次へと進んでいくが、身も心も整っていない自分としては訳がわからない!! まずハーセルフ達の声がいつもと違うことにも驚きが隠せないってのに、オウセの匂いは最終段階でまずは春の匂いって……どういうことだ?!
「今からヒナタが入る群れはヴェルウルフの中でも特殊な存在、春守様を守護する“森番”の群れなの。彼らなら今の事情も……そして恐らく貴方が最悪人間だとバレても、無益に襲うことはないと思うわ。だから急ぎましょう!」




