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鰤と鉄拳のファンタジー  作者: 鰤を殺す者
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浮遊漁船・赤城

 ――神格の化身。

 それは、特殊な力を得た者たちのことを指す。

 例えば――、


「おいサルぅ! こっち来い!」


 サルことコウジが、へーちょに呼ばれて席を移動する。

 このコウジ、種族は猿であり、決して人間ではない。だが、人間の姿になり替わることが出来る力を持っている。本来の姿は、あまりにも巨体で、到底現すことなどできない。


「ったく、なんだぁ?」


 どさり、と木製の椅子に座ると、椅子が密かに悲鳴を上げた。その悲鳴は、店内の喧騒を前にしては無に等しい。

 コウジはアテナのいる席に視線を一瞬流すも、すぐに逸らす。

 へーちょがコウジのジョッキに、エールを注いだ。

 生誕祭に合わせて毎年開かれる神格の化身の定例会――それが鰤の店に集う者の正体である。



 深夜0時。日付が変わる瞬間に、村全体に鐘の音が響き渡る。

 7度に渡って響く音は、怪物の原点の男の栄誉を称え、静かに眠りにつけるように、と鳴らされるものであった。

 そうして、一般人の夜は更けて行く。

 だが、神格の化身の定例会は、これからが本番だ。


「艦長」


 渋い声で呼ばれた艦長は、一度そちらを見やると、黙って立ち上がる。

 自然と喧騒は身を潜め、その場にいる全員が彼に注目した。

 艦長は渋い声で呼んだ男――にゃん太郎を一瞥すると、店内の面子を見回す。


「今から定例会やるから、報告から」


 その言葉を受けて、にゃん太郎が立ち上がった。


「全員の話を纏めると、特に問題はない、と」


 そう言って、にゃん太郎は座りなおす。

 報告になってねぇ! と誰かが吹き出し、続けて騒ぎが大きくなっていき、もう一度定例会を仕切りなおすことになったのは言うまでもないだろう。


 午前2時。ようやく静まり返った店内を見回した艦長は、重要な情報を手に入れた、と告げた。


「マジ!? どんな情報?」


 へーちょがバカ丸出しで喰いつき、それをキャリーがバカにする。

 見慣れた光景がその場にあった。


「南方の砂漠地帯、ツングースカ共和国で鰤が大量発生する……と」


「……その情報、嘘偽りは?」


「ない」


 誰かの確認に、きっぱり言い切った。

 確信を持っている様子から、一同は唸り始め、一斉に結論を出す。



 鰤



 湖を囲うようにして、雑多な種族が家屋に住んでいる。

 乾いた風が吹き抜け、太陽の厳しい日差しが彼らを照り付けていた。

 ここに集まった者は、他国で重罪を犯した者や、どこかの王族と駆け落ちしてきた者など、一般的にならず者と呼ばれる者達である。

 ここは、大陸南方にあるツングースカ共和国の東端の街・モンタナ。

 子どもが湖で水遊びをし、その様子を見守りながら洗濯をしたり、近所付き合いをする女性が多くみられる。

 男たちは街の外に出て、周辺の警戒や食料の調達。

 これが、この街の日常であった。

 砂漠に出来たツングースカ共和国であるが、当然、水がなければ生きていけないため、街が出来るのは必然的にオアシスがある場に限られる。

 そこから離れすぎれば、街への道筋も見えなくなってしまうことが往々にしてあり、街の外へ出ている、今日は食料の調達を担当するペスケルという男は、ポケットに小さな羅針盤を入れていた。

 この羅針盤があれば、どこにいても街の方角をさしてくれる。

 だから、例え遠出したとしても、迷わずに帰れるという寸法だ。これは、街と街を行き来する時にも使用されている。


「なぁ、ペスケル。今日はやけに静かだな」


「お前もそう思うか、カリウス」


 狩りや見回りは、基本的に2人1組で行われる。ペスケルもまた、カリウスと呼ばれる男と共に来ていた。

 周囲を見回すと、視界いっぱいに広大な砂地が広がっている。いつもと変わらない――否、あまりにも静かすぎた。

 それはまるで、嵐の前の静けさ。

 だが、2人は特に気にすることはない。

 こういったことも、よくあることだから。


「はぁ~、全然出ねぇ」


「サソリもいないとはなぁ。こりゃあ本格的に何かが起こってるのかもな」


「鰤だったり、か?」


「冗談でもそういうのはやめろよ。それ、シャレになんねぇからな?」


 とは言うものの、ペスケルはカリウスに同調して、鰤についての話を始める。

 2人は夕暮れまで粘ってみたが、獲物一匹すら捕らえることが出来なかったようだ。

 獲物袋は空っぽで、いつもより随分と足が軽い。

 戦闘もしていない分、体力も有り余っている。


 ――と、その時、


 2人は同時に空を見上げた。

 そこには、不自然に停滞している雲。

 オアシスに影をもたらし、傾いている太陽の光を遮っている。


「なんだぁ?」


 上空の方が風が強いのは、常識である。なのに、一寸たりとも動く気配はなかった。


「おっかねぇな」


 得体の知れないものには手出しをしない。

 それがこの街の掟である。

 下手に手を出して、しっぺ返しを食らいのは回避したいからだ。

 しかし――、相手はそれを許さないようだ。

 夕暮れに相応しい朱に染まった雲が、徐々に霧散していく。まるでそこには、初めから雲などなかったかのように。

 そうして現れたのは、一隻の船。


「んなっ……!?」


「まさか、いや、そんなはずは」


 ペスケルとカリウスは狼狽し、上空に現れた空飛ぶ艦艇を睨む。

 何故、こんな場所にいるのか。

 彼らがここに来た理由とは、何なのか。

 今日、獲物が現れなかったのはもしかして。

 憶測が脳内を飛び交うも、結論は出ない。


「化け物が乗った浮遊漁船……赤城」


「この目で見る日が来るとはな」


 感心したように呟き、目を細める。

 2人はまだ、この先起こることを知らない。


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