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鰤と鉄拳のファンタジー  作者: 鰤を殺す者
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虚無の大海より

——全知全能の鰤は、自身より上の鰤を創り出す事は出来るか?

 ——鰤は何処からやってくるか?

 それは、この世界の誰にも分からない。

 何故なら誰もが鰤に困惑し、何時、何処に来るのかとまるで幼子のように恐れを抱いているからだ。

 例え全知全能と謳われる神であっても、例外ではない。

 だとすると鰤がこの世界を創り、我々の知る伝承や伝説で伝わる創造神は、鰤の産物なのかもしれない。

 何にせよ、我々が知る限り鰤は『何処からともなくやってくる』としか言いようがなく、そうとしか表す事が出来ない。そして鰤は決まって何かを破壊し、大海へ消え去る。その後の姿は、誰も見た事が無い。


 鰤は我々の眼前に現れる。

 ——一匹だけでは無い。何千何万何億、最早数える事すらも馬鹿らしい程の大群で。

 剣は喰われ、魔法は消え失せ、概念は書き換えられ、神は打ち破られる。残るものは何もなく、あるのはただ無謬と暗澹、音すらも生まれない大地と空だけだった。現に、今でもそういう土地はあった。そこは総じて何者も寄せ付けず、生も死もすらも消え失せていた。


 鰤は一体何で出来ているか?

 我々の知る魚よりも美味い——などという稚拙な表現では表せない。初めに食べた男曰く、「嗚呼、これが……私が生きていた……」と言い残し、息絶えた。

 男の葬式はすぐに行われたが、棺桶を蹴飛ばして死んだ筈の男が中から現れる。

 周囲が騒然とする中、男は翼でも生えたかのように宙を浮き、眩い光と爆風と共に消え去った。残ったのは着させられていた、ボロ雑巾と化した白装束だけだった。


 男の奇跡の復活からかなりの年月が流れ、ある集団が現れた。

 それは鰤を狩り、鰤を食し、鰤を広める無名の戦士達。

 武具も魔力も持ち合わせておらず、己が拳のみで鰤を殺し、身一つで鰤の攻撃を耐え抜く。その者達は最早、人の皮を被った『怪物』に他ならない。


 ——『鰤殺しの魔人(フエーシヤ)』。

 ——『劫火の狩人(サマイェロ)』。

 ——『血濡れた釣針(ヴァローカル)』。


 様々な異名は瞬く間に広がり、怪物達の存在に巻かれていた煙は晴れ、鰤に苛まれていた者達に知られる事になった。


 今日もまた、鰤は来る。しかし怪物達がいる今では恐れる事はない。

 怪物は増える。それに伴って鰤は進化する。

 ——鰤と怪物の戦いは火蓋を切って落とされた。



 魚魚魚



「————鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤鰤!!!!!!!!!!!!!!」

「————汚い汚い汚いゥゥゥウ!!!!????」


 四つん這いになり馬の如く走る、馬の着ぐるみを着た金の長髪の男は、羽虫の如く空を飛ぶ、蠅の着ぐるみ着た黒髪の男と共に奇声をあげながら氷山を凄まじい速さで下山していた。

 彼らの後ろには夥しい量の鰤の大群が迫っている。

 鰤達は世界に対する改変や概念を行使するが、全くもって効果がなく差が開いていくばかり。

 魔法を行使し、同族である鰤を彼らの眼前に召喚しても避けられる。

 彼らの逃走劇は混沌を極めていた。


「羽馬!!俺の代わりに殿つとめろよゴルルァ!?」

「いやです!!お前が殿をつとめてホラァ!!」


 彼らの怒声は哀れで当然の如く実を結ばず、今だけは同盟を組んで鰤から逃げるというところまでに落ち着いた。

 下山していくごとに氷山の地質は彼らを殺すかのように悪化していき、巨竜が山肌を溶かす程のブレスを吐き、宙を浮かぶ謎の水晶の塊は彼らと鰤を襲う。

 しかし彼らはそれを悉く避け、鰤は彼らの攻撃にビクともせず、食い散らかして男達を追う。


「やべぇええどうすんだよこれよぉぉぉおお!!!!!!」

「黙って走って黙って走ってほらほら死ぬぞうぉおおいいい!!!!」


 ————ぬ。という実に腑抜けた声が騒音の中で何故か大きく、はっきりと聞こえ、着地音は騒音に呑み込まれる。

 鰤も彼らも、何もかもが停止してるかのように見える程早く、その者は口を開く。


「ぬめすこぬめめめぬべすすぁあ嗚呼鰤りりりりり————————ヌッ」


 瞬間——音が途絶えた。空に浮かぶ雲よりも、白磁の陶器よりも、何も描かれていない画用紙よりも白い白色が彼らの視界に塗り潰される。

 ……どのくらい経ったのだろうか。とても早く感じたし、遅くも感じた。

 視界が元に戻っていき、後ろを振り向くと最初に入ってきたものは重力に従って落ちてゆく鰤。

 それと同時に入った、眼前に立つ謎の被り物を被った人型。その者は彼らの方へ向くなり、彼らが反応するよりも早く両腕に挟み込んで空を飛んだ。

 比喩などではない。空を、飛んだのだ。


「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ————あっ」

「——————くぅん……」


 蝿男は絶叫した後に、馬男は子犬のような声をあげた後に気絶した。

 鰤の大群に引き続き、気がついたら雲の上まで飛んでいたのだ。

 受け入れ難い程の莫大な現実の情報量の前に根をあげてしまうのは仕方のない事である。

 寧ろ、良く耐え抜いたと賞賛しても良い。

 だが、その者は——


「えぇ……何で気絶するんですかね」


 ——酷く困惑していた。



 魚魚魚



「——っテェなぁ。誰だよ俺にぶつかった奴ァよぉ」

「この人混みの中でぶつかるのは必然だからさ、少しは頭を使え糞猿」

「んだとオラてめぇ、喧嘩売ってんのか?」

「あー分かった分かった。俺が悪かったからって、だから騒ぎを起こすのは勘弁してくれや」


 猿の面を被った赤の外套の大男は大きく舌打ちをし、ゴリラの面を被った、猿の面を被った男と同じくらいの黒の外套の男は大きくため息を吐いた。

 彼らのいる村の名は『パスパラ』。

 数々の異名を持つ怪物たちの原点の男の故郷で、彼の誕生日と死亡日に祭が毎年開催されている。

 今日は彼の誕生祭で、数々の国から数々の種族や、神格の化身などがここを訪れていた。


「なぁアテナ、もう集合場所には着きそうか?」

「ああ、もう着いたよ」


 人混みを離れ、彼らは鰤の看板が目印の建物に着いた。

 猿の面の男がドアノブにかけようとするが、アテナと呼ばれた男に止められる。


「馬鹿野郎、また弁償を払わせる気か。ここは俺が開けるからそんなに拗ねんじゃねぇよコウジ」

「拗ねてねぇよ、さっさと開けろさっさと」


 アテナはまるで精密な機器を扱うかのようにドアノブを捻り、ゆっくりと開けた。

 部屋の中にはそれぞれ違った面を被った者達がおり、ガヤガヤと出入り口の前からでも聞こえそうな筈の大音量で騒いでいた。


「ちっ、俺らは遅刻組かよ」

「まぁいいじゃないか、メンバーが珍しくも全員揃ってるんだ。寧ろ喜ぶべきだろ」

「————おっ、サル!!まだ生きてたかお前!!」


 全身毛玉で性別不詳の者は中指をあげ、奇妙な踊りで彼らを出迎えた。

 アテナは「今は耐えろ、頼む耐えてくれ」と今にも大噴火を起こしそうなコウジを羽交い締めにして止める。


「相変わらずセンスのねぇ奴らだ。今日は怒りの日ってか?」

「糞カスむけかけゆで卵野郎のアネおじさんよりかはよっぽどセンスがあるよ。ていうか酒を呷るな臭いんだよ」

「何で定例会はこんなにカオスになるんでしょうね……」

「そうですねー……ほんと、何でなんでしょうね」

「オラ(アネ)、変態(エンソ)、常識被れ(ミサとカナン)。あいつらを止めてきて、おい早く行け爆散しろ死ね」

「は?お前が爆散するんだよババア(キャリー)

「は?」

「あ?」


 喧騒はより一層騒がしくなり、馬鹿らしくなったアテナは遂に抑止が効かなくなったコウジを放っておき、扉を閉めて人混みの中に流れていった。



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