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コトノハ猫の空曜日  作者: トロ
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5話 灯曜日は良く燃える

 見上げれば紅空。

 黒の三角と青い四角が月のように浮かんでいる。


 目の前には崖。

 下をのぞき込んでも底は見えない。


 いったいどこまで裂けているのか。

 強い風が吹き抜けていく。


 ナオトは怖くなって自分の体を両腕で包み込むようにした。


「どこだよ……ここ?」

 その問いに答えはない。


 隣を見れば二メートルほどの鉄骨の箱が大きな口を開けている。

 淡いクリームグリーンの色と光沢を帯びたフォルムに、何か見覚えがあるような気がした。


「エレベーター……だ」


 それが何かは分かっても、なぜ、こんな所にあるのかまでは、さっぱり分からなかった。

 自分がなぜ、こんな所にいるのかが分からないのと同じくらい不可解な存在だった。


 嫌なモノから目を背けるように振り向けば、足下には碁石をばらまいたかのような白黒ブチの砂利道が続いている。

 ナオトは立ち上がり、その道を歩き出してみた。


「踏まないでくれないか」


 謎の声に足を止めた。


「踏むなと言っているのがわからないのかっ!」


 その声が足下から聞こえていることに気づいた。

 碁石の砂利道だった所がバチバチと音を立てながら盛り上がり始める。


「うわぁっ……」


 慌てて後ずさった。 

 目の前に強大な何かが起き上がった。


「オレ様を踏んだのはお前かぁっ」


 ナオトの二倍ぐらいはありそうなとてつもなく大きな何かは怒っているようだった。

 だが、顔はよくわからない。


「オレ様の大事な足を踏んだのはお前かと聞いておるっ」


 何者かの声は苛立っていた。

 大きいわりにヨタヨタしている物体をよく見ると、それはとても見覚えのあるモノだった。


 使用済み牛乳パックだった。

 いくつもの牛乳パックがセロハンテープで貼り合わされ、大きなロボットのような手足が作られているようだった。


 胸元には『ぐれーとじゃいあんと・ちょうきょだいろぼ・ししおんいちごう 一年二組 むしゃのこうじナオト』と書かれた札がついている。その下には金色の色紙が張られ、金賞と書かれた赤いはんこの印が見える。


 名前に『じゃいあんと』と『きょだい』という同じ意味の繰り返しが入っているのが、なんともバカっぽい。


 ナオトにはそれが何だか分かった。

 小学一年生の夏休みに提出した、自由課題の作品だった。


 牛乳パックを使って巨大ロボを作り、学校に持って行ったのだ。

 確か金賞という、その学年で一番という評価をもらったはずだ。


 評価基準はたぶん『夏休みの宿題ごときに、わざわざそんなデカいモノを持ってくるバカが他にはいなかった』——ただ、それだけだろう。


 確かこれを作るために、学園長に山ほど牛乳を買ってもらって、毎日欠かさず飲んでいたはずだが、ナオトにとって身長を伸ばすという効果はまったく発揮されなかったようだ。


 まさに『効果には個人差があります』なのだろう。


「そこのお前っ。先ほどから、何度質問しても答える気がないようだが、オレ様、シシオンは同じことを二回以上言うのが大嫌いだということを知らんようだな。お前は、そんなにオレ様を怒らせたいのか?」


 牛乳パックのロボは、長い腕を振り上げた。


「沈黙は肯定と判断し、今ここに、攻撃を宣言する」


 振り下ろされた長い腕は、思った以上にスピードと破壊力を持っていたようだ。


「うわっ!」


 地面を転がるようにロボの攻撃から逃れると、長い腕は激しく地面を打ち付け、はじき飛ばされた碁石がナオトの頬に何粒も当たり、激しい痛みを感じさせた。


 足下には、最初の攻撃がかすめて切り落としたらしい髪束が落ちていた。


 ——嘘……だろ?

 恐るおそる顔を上げると、ロボは第二の攻撃をくり出そうと、両腕を振り上げている所だった。


 ——殺される!

 ナオトは、わけもわからず走った。


 だが、逃げる方向を間違ったことに気づくのに時間はかからなかった。

 目の前には崖が立ちはだかっている。


 ——絶体絶命だ。


 今までで一番強い風がナオトの黒髪を激しく揉みくちゃにし、体ごとさらっていこうとするかのように重苦しく吹き抜けていった。ただでさえいつもくしゃくしゃの天パーの黒髪は、どうしようもないくらい、もしゃもしゃになっていた。


 ——そう言えば、ゼッタイって言葉は、二文字で使う時と四文字熟語の時は、漢字が違うから間違えちゃだめだっけ。

 ——って、どうでも良いことしか頭に浮かばないよ!


 背後にはロボが立ち塞がっている。

 聞いたこともないような雄叫びが聞こえてくる。


 ——もうだめだ。

 そう思った時、遠くから声が聞こえた。


「右手を地面にあてろっ!」


 ナオトは言われるがまま右手を地面に当てた。

 その直後、手の平が焼けるように熱くなった。


 すると、目の前の碁石がはじけ飛んだ。


 地面が割れる。

 その裂け目から火柱が立ち上がる。


 割れた地面を這うように、炎の束が、ロボの方へと一直線に流れ燃えていった。


 ロボに到達した炎は、みるみるうちに大きく燃え上がった。

 紙でできたロボは、想像以上によく燃えた。


 最後には、無惨にも黒い煙だけを残して消え去った。

 やがて、その煙さえも消え去った後には、銀色の艶やかで美しい毛を持つ猫が立っていた。


「無事で何よりだ……少年よ」


 どうやら先ほどの声の主は、この銀色の猫だったようだ。

 その声は驚くほど美しく、透明な響きを持っていた。


 ——猫が……喋っている。


 さっきまで牛乳パックのロボが喋っていたことさえも忘れて、ナオトは純粋に驚いていた。

 銀色猫は少年の驚きの理由など知らぬまま、静かに近寄り、こう言った。


「お前が今使った『コトノハ』は『ヒ』というモノだ」

「コトノハの……ヒ……?」


「右手を見てみよ」

 ナオトが地面に当てていた右手を裏返すようにして見る。


 手の平には赤い色で『ヒ』と刻まれている。

 まだ少し熱い。


「『ヒ』は炎を表す。地面に共鳴させれば、先ほどのような地よりわき出る火柱となる」

 手の平の文字はゆっくりと消えていき、最後は見えなくなった。


「先の戦いでは我が手助けをして、そのコトノハを記した。だが、それは正しい使い方ではない。本来ならば全て自分でやらねばならぬものだが、無論……やり方はわかっておるな?」


 ナオトは首を振る。


「ただ念ずれば良いのだ。お前が何を欲しているのか、相手に何が必要なのか、それを考えれば、おのずとコトノハは、お前の体に浮かび上がってくる」


 ナオトは不安そうに銀色猫を見た。


「案ずることはない。我の言葉が理解できるということは、お主はコトノハを理解しているのと同じことなのだ。お主が考え、お主が心に思い、お主が口にする言葉……それがすべてはコトノハに通じておる。ただ、普段口にする言葉の中でも、特に力を持つモノ、それをコトノハと呼んでおるのだ」


「特に力を持つモノ……?」


「そうだ。ただ『ヒ』と言っただけでは炎はおこらん。当然だ。それでは『ヒト』『ヒカリ』と口にするたびに、火事が起こってまともに生活できまい。あくまでも、炎をイメージして強く念じて、体の中のコトノハを導き出した時、初めて炎となって現れるのだ。つまり、普段使う言葉に強いイメージの力を注ぎ込んだモノが、最終的にコトノハになるというわけだ」


「強いイメージの力が……コトノハ」


「なに、難しく考えることはない。コトノハの現れし場所は熱くなる故、すぐにわかるであろう。なれれば、赤子にもできることよ。刻まれたコトノハを地に当てるも良し、天にかざすも良し、相手に直接ふれさせて分け与えるのも良し。何に共鳴させるかで、コトノハの威力もおのずと変わってくる故、よく考えて使うことだな」


 ナオトはまだ、半信半疑で文字が消え去った手の平を見ているだけだった。


「ただし、コトノハとは不思議なモノで、一度使ったコトノハと、誰かに分け与えたコトノハは、日が変わるまで二度と使うことはできぬようになっておる。さきほど、我がお前のコトノハを用いたのも、自分の『ヒ』はすでに今日は一度使ってしまっていたからだ。つまりコトノハの無駄遣いは厳禁だということだ。それだけはよく覚えておけ。特に、この界隈に出没する空曜日の住人には気をつけた方が良い」


「空曜日……の住人?」


「どこからやってくるのかはわからんが、ここ以外のどこかの世界で誰かに捨てられ、必要がないとされたモノは、空曜日に空から産み落とされる」


 ナオトは、ギクリとした。


 ——捨てたのはボクだ。

 だが、口には出さなかった。


「さきほどのシシオンも、いつの頃からかここに住み着き、道を通る者にわざと踏まれて、下から声をかけて驚かせて楽しむというイタズラを日々しておった。だが、先のように誰かを襲うなどというのは初めてのことだ。普段は気のいい奴でな、決して他の者に害をあたえるようなモノではなかったのだが……」


「ボクのせい……だよね?」


 銀色猫は首を振った。

「お前のせいではない。残念なことだが、ここ最近、空曜日の住人が凶暴化する事件が立て続けに起きておってな。ワシはそれを警戒して見回りをしておったんだが、なかなか、穏便に解決とはいかんものだな」


「ごめんなさい……ボクが来たばっかりに……」


 いつものクセで、すぐに謝ったナオトは、ロボが存在していた場所を見た。

 わずかな燃えカスすら残っていない。


「もうよい。済んだことだ。紙で作られたモノは燃えて無くなる。それが自然の摂理だ。特に今日は空が赤いだろう? 灯曜日だからな。炎の力が強くなる曜日のおかげで、焼かれる苦痛も一瞬で済んだことだろう。それだけがせめてもの救いだったかもしれんな」


 深いため息をついた。


「奴もようやく、空曜日の呪縛から解放されたのだと思えば、少しは気が楽になるのではないか。まぁ、気休めだがな」


 銀色猫は遠い目をした。

 そこには豪快なロボが笑っている姿が見えるような気がした。


「とにかく、空曜日の住人には十分注意するにこしたことはない。彼らは、捨てられたという負の感情が強い為か知らんが、満たされぬ気持ちを埋めようと、他人のコトノハを大層欲しがるのでな。むやみやたらに相手の策に溺れて、コトノハを盗まれぬように肝に銘じておくことだ」


「あの……も、もし、全部のコトノハを使っちゃったら、どうなるん……ですか?」







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