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テレサの足跡

 ファン・イグナシオ・セルバンテスは自室で酒を飲んでいた。頭頂部まで禿げ上がってはいるが白髪が綺麗に後ろに流されて、清潔な白いノータイのシャツにシックなジャケットの初老の男は、電話の音に葉巻に伸ばした手を止めた。電話を手に取り通話に応じる。

「私だ」

 数ある電話の中でもこの電話に掛けてくる人間は10人に満たない。

「お父さん」

 セルバンテスは「はぁー」っと深いため息をついた。

「どうしたというのだヨーコ、兄弟喧嘩をしているそうじゃないか」

「聞いてお父さん、アロンゾがあたしの物を盗ったの」

「ああ、聞けばそれはミーシャの娘だそうじゃないか、一人では手に余るだろう」

「お父さんはアロンゾの味方をするの?」

「そうではないがアロンゾの立場も考えてやってくれないか、あれだけの所帯を抱えてるんだ」

「仕掛けてきたのはアロンゾよ、侵略者に容赦はしないのよね?」

「ヨォーコ、聞き分けのない事を言わないでくれ、どうして仲良くできない」

「あたしは悪くないわ、奪われた物を取り返そうとしてるだけよ」

「わかったヨーコ、特別ボーナスをやろう、皆には秘密だぞ?」

 ヨーコは沈黙した。セルバンテスは理知的に考えられないのが女の面倒さだと思っていたが抗争や軍との交戦で戦局に大きく影響するヨーコを手放したくなかった。

「ごめんなさい、お父さん」

 プツリと切れた電話にセルバンテスはまた大きなため息をついた。


「くそ、じじいは役に立たねぇ」

 セルバンテスに甘えてその威光でなんとかならないかと思ったが、この手の作戦は得意じゃない。やはり頼りは自分だ。手抜きしようと考えた自分がバカのようだ。

 ヨーコは北東を目指した。

 チームメンバーが町から消えた事で、どこか一箇所に集まっているという勘は当たった。男達は連日ヨーコのかけたプレッシャーで

疑心暗鬼になり、簡単にブラフにひっかかった。

 どこに集まっているかなど知るよしもない。


 ヨーコは男装した。長い髪を切るのに躊躇は無かった。海兵のようなクルーカットにして帽子を目深に被り、軽いミリタリー物の上下を着て車でオヒナガの町を流した。

頼りは自分の鼻だった。

 アメリカ側の越境屋は南の広大な砂漠を避けて北側で手引きするだろう。まだ準備中のはずだ。ヨーコはまず北側の農地との境目から捜索を開始した。連中が出入りしそうな店、スーパーマーケット、レストラン、バー。200ペソ札をばら撒きながら虱潰しに当たった。どこまで通用するかはわからないが自分が探し回っている

事は口止めした。あるバーで男にアロンゾの写真を見せた時、男がピクリと反応した。髪の毛と繋がった髭が吊り上るほどにっこり笑った男は言った。

「ん?女か、この男がどうした、お前との関係は?」

「やつの女だよ、連絡が取れなくて困ってるんだ」

 するとにこにこしていた男はカウンターからヨーコに体を向けて近づいた。にこにこと笑っていたヨーコだが硬くて冷たいものがヨーコの顎を押し上げて笑顔が消えた。

 周りにいた3人の男達がゆっくりヨーコを囲んだ。ノースリーブの男の肩にサソリの刺青がある。通称アラクラン。ガリシアカルテルの処刑部隊だ。ヨーコは気を取り直してにっこりと笑いを浮かべると歯を食いしばって言った。

「アロンゾめ」

 ヨーコは考えた。この男の銃は自動拳銃。安全装置があるとはいえスライドを引いて薬室に弾が装填された状態で腰に挿しとくだろうか。女とわかって少し舐めてかかっているのではないだろ

うか。

 ポケットのたくさんついた少し無骨なバッグの中には新調したリボルバーがある。勘を働かせてより正しい道を選ばなくてはならない。ヨーコは賭けに出た。男の手をはたくとバッグに手を突っ込んだ。思ったとおり男の左手がスライドを掴む。男がスライドを引き終えるより早くヨーコのリボルバーが火を噴いた。昏倒した男に血相を変えた3人のうち2人が腰から銃を抜く動作をしたがヨーコは体の向きを変えながら次々と撃った。3人目に銃を向けた時、前のめりになっていた男は体を戻して両手と顎を上げ、引き攣り笑いを浮かべた。


 店の中で最後の銃声がしてドアからヨーコが駆け出してきた。

 アロンゾは間違いなくこの辺に潜伏しているとヨーコは確信した。だが何をしたかは知らないがとんだとばっちりを受ける所だった。ベレッタの先に減音機を挿してぐるぐる回しながら教会に入り、イエスの額にお礼の一発をかますと鐘楼に登った。土曜から日付が変わってずいぶん経つというのに町は騒がしかった。灯火を回しながら走る警察車両と歩き回る柄の悪い連中。通りをぐるぐると回る車。ガリシアと汚職警官が、アロンゾとその一味である自分を探しているといった所か。

 ヨーコは単眼鏡を取り出して近所にある各家屋の窓を見た。5分ほども観察していると明かりがふっと消えた部屋がある。沢山窓がある建物だが最初はその窓にしか電灯はついていなかった。

 その部屋に単眼鏡を向けて暗視モードにすると、男がカーテンから顔を出した。エルナンドだ。ヨーコはぐっと拳を握り締めた。エルナンドが引っ込んで明かりがついた。

 どうやらアパートの二階のようだ。ヨーコは通りに接しているアパートの玄関を探して裏手に回った。未舗装の広い駐車場には車が数台止まっている。DGOで始まるナンバープレートがある。

 アロンゾ達の車に違いない。しかし建物は裏側から見ると複雑に入り組んでおり、しかも先ほど見えていた時は手前の建物に隠れていたが、なり長い建物だった。増築を繰り返しており。

 かなり手作り感のある建物だった。ヨーコは明かりが所々切れいている廊下を歩きながら勘で部屋の場所を探した。少しぐらい明かりが漏れているのではないかと思って期待していたが無駄に堅牢な玄関からそのような現象は見られなかった。ここら辺ではないかという場所まで来たがどの部屋かは特定できない。一度外に出て窓を確かめてから出直そうと思ったその時一つの部屋の前にしなびた花が落ちている。ヨーコはそれを拾い上げてペンライトで照らした。

 鮮やかなオレンジの花はテレサの花だった。ちょっと探せばそこら辺に生えている花だが、ヨーコは感極まって花を握り締めた。


 ヨーコは人の出入りを見張ったが男が何回か買い物に行っただけでアロンゾやテレサの姿が見えない。朝方、第二の作戦を遂行すべく頃合を見て部屋の前に行った。手には突入用のバッテリングラムと呼ばれる鉄の円柱。まずはドアの横にへばりついてノックする。返事はない。バッテリングラムの2箇所についた取っ手を持ってドアノブ付近と少し上の方の2箇所を叩く。すぐに鍵は壊れてドアが開いた。部屋に踏み込んできょろきょろするが、テレサの姿は無い。ベッドにうな垂れかかっている男。床にエルナンドと知らない男2人。テーブルには酒の瓶と食い散らかした跡、パソコン。ヨーコはマーケットで買った高級テキーラのコルク栓から睡眠薬を注射して近くの空き家らしい部屋のドアノブに引っ掛けておいたのだ。

「意地汚いやつらだ」

 さっそく全員縛り上げて4人を床に並べると水をぶっかけた。朦朧とする4人の意識がはっきりするまで携帯端末をいじりながら待つ。

「ヨーコ…」

 エルナンドがぼそりと言うが目線もくれずに足を組んでベッドに座り。端末をいじり続ける。4人が自分の置かれた状況を認識して焦り始めた頃、ヨーコは立ち上がって4人を睥睨した。それぞれの髪の毛を引っつかむと引っ張り上げて膝立ちにさせる。

「ヨーコお前はもうお終いだぞ」

 色々と情報が入っているのだろう。エルナンドが脅しを口にするが、ヨーコは銃床でこめかみを殴って膝立ちにさせた。

「同じ質問は二度としないから覚えておいて」

 ヨーコは右端の男の額に銃を突きつけた。

「女の子はどこ?」

 ニヒルに笑った男が口を開いた。

「事と次第によっちゃ…」

 バシュッっと音がして男は後ろに倒れた。薬莢が床に落ちる前に2番目のエルナンドに銃を突きつける。

「エルナンド」

 エルナンドが焦って口を開こうとした瞬間それをさせじとするかのようにヨーコは発砲した。

 バタリと後ろに倒れたエルナンドを驚愕の顔で残り2人の男が振り返って見た。3人目の男がヨーコに向き直って見上げ、体を揺らしながら懇願するような目で言った。

「全部喋るからお願いだ、殺さないで」

 男たちは競うように全てを話したが、さらに疑惑の表情を深めつつ男たちを睨むヨーコが言う。

「本当の事だけを言った方を助ける」

 男たちは顔を見合わせて、言った。

「全部本当だ」

 まんじりともせずそれを聞いていたヨーコは言った。

「詳しく説明しろ」


 アロンゾはヨーコがここを発見した時間帯にテレサを連れて国境に向かったようだ。床に置いた国境地帯の大まかな地図とアメリカ側の高精度な地図を前に男が口で説明する。今日の午後、アメリカ側で受け渡しがある事がわかった。男達はここで入金の確認や計画のナビゲーションをしていた。大体の越境計画を聞いた所でヨーコは異変に気づいた。日曜日だというのにアンジェラスのミサを知らせる鐘が鳴らないのだ。いつも鐘が鳴ると、うっとおしさに顔を歪めるヨーコだが逆に鳴らないと何かがすっぽ抜けているような感覚に陥る。そしてスナイパーの勘。

 ヨーコは一人の足のロープを切ると立たせて窓際に連れて行った。そして壁際から体を避けながらカーテンを開けた。途端に男の頭が弾けて血が飛び散った。

「くそ」

 カーテンを閉めてもう一人を立たせると体を激しく捻って嫌がるが、後頭部に銃を突きつけて玄関まで連れて行く。覗き穴を見ると一見誰もいないように見える。ドアを開けて

男の背中を蹴ると、よろけながら外に出た男は左側から激しい銃撃を受けて蜂の巣になった。

「アラクランか」

 ヨーコはグシャリと地図を掴んで鞄に突っ込むと、ドアの外に向けて3発撃った。そしてナイフでシーツを裂いて布切れを作り、テキーラの瓶に突っ込んで一振りすると火を着けた。再び銃をドアの外に向けて3発発射すると素早く腕を出して左に向かって瓶を投げた。ガチャンと瓶が割れる音がしてまた短い機関銃の音がした。

 相手はこちらが武器に窮していると判断したはずだ。

 鞄から手榴弾を取り出してピンを抜き、レバーを開放してから一息置いて素早く腕を出して投げる。再び銃声がしたがすぐに収まってドタドタと足音が聞こえる。激しい爆発音の中でもう一個ピンを抜いてレバーを開放する。今度は体ごと外に踏み出して廊下の奥に投げる。破壊された廊下には2人ほど男が倒れている。曲がり角から一瞬顔を出した男がゴトゴトと転がる手榴弾を見てまた引っ込んだ。ヨーコは反対側を向き耳を押さえて駆け出した。激しい爆音と爆風に背中を押され、少し体が浮いてドタドタと足どりが乱れつつも走った。廊下の突き当たりにある爆風で割れたガラス窓から顔を出して外を見ると隣に平屋がある。窓枠に足を掛けて迷う事なく飛び降りたヨーコだがモロい屋根が壊れて建物の中に落ちた。戸棚に引っかかって回転しながらテーブルの上に落ちたヨーコに裸の男女がケンタウロスのような状態で唖然として見ている。

 ヨーコは立ち上がって出口に向かいながら二人を指差した。

「失礼、続けて、サンタが来た事は誰にもいわないで」

 そう言いながら部屋を出た。

「隣で戦争やってんの聞こえてるだろ、どんな神経だよ」

 ヨーコは建物から建物、路地から路地を走ってその場を離れた。

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