表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

アロンゾ

 軍隊を辞めたヨーコは毎晩悪夢にうなされ、目は落ち窪み、頬はこけた。わりと品行方正だった生活は荒れ、母に暴力を振るい、柄の悪い連中と付き合い始める頃にはやがて家に帰らなくなった。

 転落したヨーコはバハからサンディエゴやアリゾナといった国境で、麻薬密輸の警備をするようになった。ビルや陸の上から国境内外を問わず障害を排除し、北部組織の信頼を勝ち取っていった。元軍人も多い組織の中でそれとなくヨーコの噂は広まった。グラシア・ラ・カサドレスその人だと。

 そんな生活が10年ほども続き、悪人、警官を問わず随分殺したヨーコは立派に手配犯になっていた。この事を母はどう思うだろうかと考えるとルーツに関連するあの事実が頭に浮かんできてヨーコを苦しめた。そんな中、アロンゾと出合ったのはアリゾナルートのトンネルを抜けさせる仕事の時だった。なんの滞りもなく終わる簡単な仕事はずだった。

 夜の国境超えは辺りが閑散としていて通りが少ないため、逆に目立つ。作戦は昼間実行された。

 ヨーコはトンネル入り口の建物から100mほど離れた廃病院で窓際にベッドを置いてその上で狙撃銃を構えていた。アリゾナ側の建物と両方見える位置だ。

 アリゾナ側の受取人の車が車庫に入れられた。こちらからは建物の右側に位置する出入り口だ。建物の前の駐車場には企業として稼動しているかのように数台の車が停められている。全部で4人ほどに見えた相手側のうち、二人が建物を出入りして最終的に見張りが一人建物の前に残った。

 しかしヨーコは何か違和感を感じていた。左手を配置する場所にガムテープで張りつけた無線のスイッチを押す。

「アロンゾといったっけ、何かおかしいよ」

「何がだ」

「だから何か、だよ」

「話にならん」

「中止にしよう」

「できるわけねーだろ、先方がお待ちだ」 

 ヨーコは舌打ちしてアリゾナ側を監視した。何か匂いが違う。人間レベルの何か。その時見張りの金髪男が長髪を手で避けて耳を触った。補聴器のようなものがチラリと見えた。

「中止だ!アロンゾ戻れ!」

 しかし既にトンネルの中に入ったアロンゾ達からの返答は無い。

「ちきしょう!」

 ヨーコは主力の故障などに備えて持ってきていた連射できるライフルに交換してマガジンを手の届く所に2つ並べた。こんな事になると思っていなかったヨーコは観測手を連れてこなかった事を後悔した。今このスコープのゼロ距離は300m。スコープの中の人間の大きさから距離は約500m。

風を示す何か無いかと左右にスコープを動かして町の様子を見る。三角の連続した旗がついた飾りが駐車場のゲート代わりに掛かっていて少し右側になびいている。


 建物にスコープを戻して「ふぅー」と息を吐き、ヨーコは脱力した。激しい銃撃戦になる事をヨーコの勘が告げていた。

 やがて見張り番が口を動かして銃を構えた警官隊が正面の建物から沸いて来た。遠く建物の中から発砲音が響いてくる。

「ちっ突入前になってやっと気づきやがった」

 出口の頑丈な鉄の扉は封鎖されたに違いない。ヨーコは心を落ち着けてアメージンググレイスを歌い始めた。最初はどこから撃たれているのかわからないように膝付近から足の甲を打つ。一人、二人、三人。警官隊が混乱している。車の陰に隠れているがこちらからは丸見えだ。時々建物と制圧部隊を結ぶ線の延長上に着弾

させて正面から攻撃されているように錯覚させる。相手がこちらを警戒しはじめた頃合で的をより大きい胴体に変更する。腰や脇腹、防弾チョッキの隙間を狙う。

 目的は殺害ではなく無力化だ。先ほどより早いペースでターゲットを射抜いていく。

 次々に倒れる警官。さすがにこちらに気づいたようだ。みな物陰に隠れたが突入は妨害できた。ヨーコはちらりとメキシコ側の建物を見た。特に変化はない。

 メキシコ側からの連携は無いはずだ。警察署長が味方だからだ。めぼしいターゲットを撃ち尽くしたヨーコはベッドから降りると銃を担いで廃病院の廊下を走った。

 廊下の一番端に来るとスタンディングで窓枠に銃身を置き、アリゾナの建物を見る。

このような動的な攻撃の際、視野の狭いスコープで短時間にターゲットを捉えることができるという意味でヨーコは優れていた。すぐに隠れているつもりの2人が見える。一人撃つ。驚いて伏せながらきょろきょろしているもう一人も撃つ。ヨーコは狙撃をこう例えた。鼻紙をゴミ箱に投げ入れるようなもんだと。ヨーコは今正に鼻紙をゴミ箱に投げ入れる感覚で警官を撃っているのだ。しばらくしてアロンゾと相棒が瀕死の男を背負ってこちら側に逃げてきた。6人ほどいた人夫はほぼ壊滅のようだ。

 アロンゾは男を捨てると相棒と二人で車に乗った。どうやら盾に使ったようだ。長年この世界でやっているだけあって生き残りのセンスにかけては一流のクズだった。


 車は南に向かって走っていた。

「だから言ったろうが」

 ヨーコは合流した車中でアロンゾを咎めた。

「しょうがねぇだろう、根拠がねぇんじゃ中止にはできねぇ」

「その結果がこの有様か、ボスになんていうんだ、お前の失敗はあたしの失敗なんだよ!ふざけんな!」

 ヨーコが腰の銃に手をかけた。

「まあそう言うな」

 助手席のアロンゾの相棒が助け舟を出す。

「てめぇは喋るんじゃねぇ」

 ヨーコが銃を抜いて男の額に向けた。ヨーコはこのホンジュラス訛りの男が嫌いだった。何の罪悪感もなく殺せる相手だ。

「勘弁してくれヨーコ、今回は運が悪かったがこれは俺のせいじゃねぇ、受け取り側のミスだ、ぶっ殺すのは相手だろ?うちわ揉めはよせ」

 本気の目をギラつかせていたヨーコはチラリとアロンゾを見てゆっくりと銃を引っ込めて安全装置を落とした。

「物は言いようだね、一つ貸しな、あの量の警官に踏み込まれてたら逮捕されるかトンネルの中でくたばってたよ、あたしがヘボだったと言われるのだけは我慢ならない、ボスにはちゃんと説明しろ」

「ああ、恩に着るよ」

 その時期アロンゾと組んだのはその一度だけだった。ヨーコが所属していた北部のロスペテとドゥランゴが友好関係にあったのだ。

 それから2年後、バハでは活動しにくくなったヨーコは南に流れてドゥランゴに歓迎された。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ