襲撃
車は再びルート45を南下していた。マカレナを歌うヨーコをスティックキャンディーを口に咥えたテレサが笑顔で見ている。トヨタはアメリカから引っ張って来たのか、メーターがマイル表示だった。50マイルでのんびりと走っていると、ハイウェイとはいえ、時に160kmほども出た車やバイクが左の車線を追い越していく。
急に保守的になったヨーコはそういった車に顔を顰めた。心を煩わせながらバックミラーを見ていると、左車線を走行している黒い高級セダンの助手席の窓から顔を出して、この車の後続車を覗き込んでいる男がいる。変なやつだと思いながら相変わらずのろのろ運転していると、その車がヨーコの車に並んだ。そしてこちらの車内を覗き込んで顔色を変えた男が運転手に何か言った。するとその車は突然加速してヨーコの車の前に出た。その後ろから付いて来た同じような車が横に並ぶ。
「ちっ」
誰かはわからないが見覚えのある顔だった。前の車は減速し、横の車は詰めてきた。ヨーコはテレサのチャイルドシートの状態を確認すると急ブレーキを踏んだ。
テレサの首ががくんと前に垂れたがすぐにブレーキを離してハンドルを切り、横の車の後輪にこちらの前輪をぶつける。直進しようとする後輪と斜めに進もうとする前輪が主張し合ってお互いのタイヤが悲鳴を上げる。しかし相手車両はゆっくりと斜めに姿勢を変えてついにはスピンした。バックミラーを見ると、コンクリートの壁面にかるく車体の前後を当てながら回転している。あまりダメージは期待できない。一気にアクセルを踏み込み、前の車を追い越そうとするが尻を左右に振りながら妨害してくる。ヨーコはデザートイーグルを取り出し、左手に握って窓から外に出し、車に向けた。リコイルで跳ね上がる事を計算にいれて銃口を下げる。狙いを定めて一発発射すると、弾はトランクに命中したが、思いのほか銃が跳ね上がって後退したスライドで手首を傷つけた。
「いっっってー!ちっ、やっぱつかえねーな」
ヨーコは銃をベレッタに持ち代えると同じように左手で握って15発全弾発射した。銃撃でガラスやボディに穴があき、動揺した車両が無秩序にふらつく。ヨーコはきちんと作戦を立てていた。相手が動揺した隙に狙い定めて一気に右にハンドルを切り、ハイウェイを降りた。そのまま町にまぎれるつもりだったが、目の前を
旋回しているヘリに何か嫌な予感がする。正面から真っ直ぐ車に向かってきてすれ違うと、後ろで旋回している様子がバックミラーに映っている。
「冗談じゃねえよ」
一般道に下りると町が近い事もあり、交差点にはトペと呼ばれる障害物が道路を横断している。スピードを出して通過すると車によっては破損するほどの車速抑制施設だがSUVに変えた事が功を奏した。トペで軽くジャンプしながらも車は疾走する。しかし相手はヘリ、すぐに追いついてきて運転席側に並んで飛び始め、身を乗り出した
ティアドロップのサングラスをかけた男が止まれのサインをしているが、もちろん肛門サインをして歯をむき出した。男はやれやれと首を振ると引っ込んで何かごそごそしている。
そして回転しながら出てきたのはミニガンの銃口だった。
6本の銃身が回転しながら1秒間に数十発の弾を繰り出すキワモノだ。
「だから冗談はよせよ!」
もはや銃声とは言いがたい甲虫の羽音のような音をたてて弾が発射された。缶を叩くような音が幻想即興曲の倍のビートで鳴り響き、火花がボンネットを横断していった。
「ちきしょう!マジに空から火の玉が降ってきやがった!」
ヨーコはハンドルを切って後輪を流しながら幹線道路沿いの市街地に入り込んだ。大きく旋回して追いついてきたヘリから2回目の銃撃。左側の地面で弾ける土煙がボンネットに這い上がってきてライトが吹っ飛び、火花を散らす。思わず左にハンドルを切って対向車線に入り、建物の影に入る。
ヘリの銃座の関係で真上から攻撃する事はできず、左車線に入れは射線から外れる。しかしすぐに対向車が走ってきて右車線に戻るとすぐに銃撃が飛んでくる。
店舗が次々に壊れて通行人や軒下でベンチに座っている人が赤く弾けるのが横目に映る。この状況でエンジンが止まらないのは奇跡に近い。
ここまでしてテレサを欲しがる理由がわからない。だが考えている暇はないし興味が無い。ヨーコの戦術は基本的に潜伏と奇襲である。
相手に襲われていることさえ気付かせずに壊滅に追い込むのは得意だが最初から付け狙われるのは苦手だ。ターゲットになったのはある意味新鮮だったがここでも生き残りのセンスは天性の物があった。減速と加速に蛇行を繰り返して的を分散させる。すると相手の人物像が見えてくる。
無秩序に町を破壊するのもやぶさかではないが、不本意ではあるようだ。そして決して座席を狙わず車の無力化を目指している。相手もまたテレサを傷つけたくないのだ。
そこにヨーコの勝機がある。しかし今、市街地を抜けて隠れる物が無くなった上に先ほどスピンさせた車が後ろから迫って来た。
ヘリと連絡を取り合って連携しているのだ。また状況が悪化した。
ヘリを見上げると変電所に集まっている電線をやり過ごすために少し上昇している。チャンスだ。旗色は悪いが前方にトンネルが見えて何か思いついたヨーコは、テレサのベルトを外すと抱き上げて運転席に立たせた。
「テレサ、ドライブよ!」
ヨーコはクルーズコントロールを押して尻をずらし、後部座席に移った。荷室に上半身を乗り出し、ギターケースほどの物を取り出す。中から機関部分と銃身に分かれたライフルを取り出し、流れるような動きでガチャガチャと組立てる。そしてケースの中にあったイヤーマフを最小に縮めて後ろからテレサに被せた。そのままドアに手を伸ばして全ての窓を開けると、スニッカーズが1ダースは入りそうなマガジンを取り出し、ガシャリとセットしてボルトレバーを引いた。そして最後部のシートに銃身を
乗せて身を引き、銃に頬を寄せて後ろの車を見た。運転席に立ったテレサは「あぶない」を連呼しながらふらふらとハンドルを操作している。60マイルで固定された車は数台の車を縫って抜き去りながらすぐにトンネルに入り、ヘリは離れていった。この至近距離でしかも安定しない状況でスコープは使えない。折りたたまれていた照門と照星を立てて目をこらす。動く銃座で、この至近距離でこのライフルを使うのは初めてだがヨーコの勘がフル稼働する。ふらふらと揺れる風景。ヨーコはリラックスしてその時を待った。追跡車両と銃口が重なろうとしている。
脱力した体と空ろな目でその瞬間を捉えた。その瞬間榴弾並みの爆音が鳴り響く。同時にシュモクザメのような銃口から左右に煙が噴出して疾走する車の窓から流れ出した。
ペッパーソースのビン並みの薬莢が排出されて床に転がり、カーペットが溶けて薬莢が少し沈んだ。一方、銃口からマッハ2.5に迫る勢いで飛び出し、ボンネットを貫いた直径12.7mm のNATO弾は、追跡車両のエンジンをたった一発で沈黙させた。やがて車はボンネットの隙間から煙を上げながら離れていった。テレサと二人して、この車で遊び回ろうと思っていたヨーコは穴だらけのボンネットと割れたリアガラスを見て歯を噛み締めた。後ろからハンドルに手を伸ばして支えながら迫り来るトンネルの出口を睨みつけた。
「もう少しだから頑張って、テレサ」
ヘリはトンネル出口付近で旋回していた。ほどなくヨーコの車が現れ、タイミングを合わせて追跡の姿勢になったが、ミニガンを構えていた男は目を疑った。
「協力者がいたのか!」
ヨーコがサンルーフから顔を覗かせていたのだ。銃の二脚をルーフに引っ掛けて銃口を向けている。
「ヤバイ!対物ライフルだ!」
男の指に力がこもった瞬間、ヨーコのライフルの両サイドから煙が噴出し、ミニガンが爆発するように弾けた。
「ぐああああ」
顔中に金属片が刺さった男が呻いた。連続して鉄板を叩く。車上のライフルから汽車の煙突のように煙が噴出して流れている。ヘリは機体を傾けて離脱の姿勢になったがヨーコの追撃が容赦なく突き刺さる。やがて白煙を吐き始めたヘリはついに制御を失って回転しながら山肌に激突した。火柱が上がり、その先端をシダの芽のように黒煙が回転しながら上昇していった。
「なるほど、999度ぐらいはありそうね、ブックマーク戻しとかなくちゃ」