慈悲
ヨーコはバンホーンの町からエルパソとは逆の方向を目指した。額には汗が滲み、顔色は青い。心配そうに見るテレサに時々引き攣った笑顔を見せる。しかし寂れた町に通りかかった時、車は止まった。ガス欠だ。ヨーコはテレサを連れて車を降り、休める所を探した。右脇腹から右足はどす黒く染まっている。霞んだ目で見えた建物のドアを押して中に入る。中央の通路を通り、しばらく歩いた所でヨーコは倒れた。テレサが膝をついてヨーコに呼びかける。
「ママ」
ヨーコはごろりと仰向けになるとテレサに笑って言った。
「ちょっと疲れちゃった」
霞む目で見上げると、イエスの顔が見える。二人の母の顔が交互に思い浮かぶ。『信じれば救われるのよ、お祈りしなさい』『祈りなさい、そうすれば神様が大いなる恵みを与えてくださるわ』『信じなさい』『信じなさい』『はい、ママ』
ヨーコは笑った。笑いながら涙を流した。
「ねぇ、神様はあたしの事が嫌いなの?どうしてあたしにだけ意地悪するの?」
ヨーコは顔をぐしゃりと崩した。
「他にも悪い子はいっぱいいるのに、なんであたしだけ…」
テレサがヨーコに覆いかぶさった。
「あたしの事はもういい、何も望まない、ただ、テレサを救って」
「ママ、泣かないで」
「お願いします、悔い改めますから、どうかテレサを…お願い神様」
薄れ行く意識の中で遠くから足音が聞こえる。
「ああ、神様、来てくださったのですね」
うっすらとしか見えない視界に髭を生やした男の顔が映った。
よく晴れた日の昼下がり。教会の前まで走って来た3台の自転車のうち、一台が他の自転車と離れながら手を振った。
「またね」
「うん、明日学校でね」
ジュニアハイスクール帰りの女生徒だ。遅れてボロボロのセダンも入って来た。セダンから降りた中年の男はもみ上げから伸びた髭をきれいに切りそろえた紳士だ。
トランクに回って中から籠に入ったニンジンを出すと教会の脇で手押しポンプを押して水を汲んでいる修道女の所に行った。修道女は男の手元を見て驚いた。
「神父様、私もいましがたもらってきたばかりなんですよ」
ポンプの下のバケツにはニンジンが山盛りだ。
「あいたた、じゃあこれはベルさんの所にでも持っていくか」
教会の隣の家で自転車を停めていた少女が走って来た。
「ママ、サマースクール行っていい?」
「こらテレサ、神父様にご挨拶は?」
「こんにちは神父様、ねえいいでしょ?」
「しょうがないわね」
テレサは笑って走って行った。にこにこと後姿を見守っていた神父が振り返ってニンジンを置くと、修道女の手を取った。
「ところで、この前の話は考えてくれたかい?」
修道女は困ったような顔をして言った。
「私の過去は全て話したはずです」
「聞いたよ、ヨーコ、でも君は悔い改めた、神はお許しになる」
ヨーコは恥ずかしそうに笑ってうつむいた。




