ドラゴンフロッグ
二作目になります。
短編にしては長くなりました。
前回に続き、今回も少し童話調です。
最後まで読んでいただければ幸いです。
一匹のカエルがおりました。
そのカエルは、それはそれは綺麗な空色の身体をしていました。
カエルはそれがとても自慢でした。
ある日の事、しとしとと小雨の降る昼下がり。
空色のカエルはいつもの散歩をしていました。
草花の間から滴る雨を空色の身体で受けながら、カエルはとてもいい気分でした。
そこでカエルは一人の少女に出逢います。
少女はとても美しい容貌をしていました。
頬はバラのつぼみの様であり、髪は朝焼けの雲の様に亜麻色でした。
中でもその瞳はカエルの身体によく似た空の様な、ブルーの瞳をしていました。
カエルは思いました。
『なんてキレイな眼をした生き物なんだろう。雨の粒よりもっと透き通ってるじゃないか。』
少女は言いました。
『まあ。なんてキレイな色のカエルかしら。とっても素敵なお空色。お家に連れて帰りたいわ。』
カエルと少女はしばらく見つめ合っていました。
しかしすぐに、少女は悲しそうに呟きます。
『でもごめんなさい。お家には連れていけないわ。だってお母さまってばカエルが大嫌いなんですもの。』
少女は一粒の大きな涙を流しました。
カエルは思いました。
『なんてことだ。あのキレイな眼からさらにキレイな水が出たぞ。アレは一体なんだろう。』
カエルは涙が何なのかを知りませんでした。
カエル自身、とても綺麗な特別な色をしていました。
でもやっぱり他のカエルと同じくらい愚かな生き物だったのです。
『本当にごめんなさいね。いつかまた、何処かで会えたら良いわね。』
『さようなら、素敵な色のカエルさん。あたし、アナタの色とっても好きよ。』
そう言うと少女は、自らの指で涙を拭うとその一粒をカエルの頭へポチャンっと落としたのでした。
少女は去っていきました。
カエルはしばらくボーッとしていました。
次に少しだけ風が拭いてカエルの身体を揺らします。
そして涙は頭から顔へと伝っていきました。
カエルは
『なんだろう。雨とも池の水とも違う。温かくてそれでいて少ししょっぱい。この水は一体なんだろう。』
と思いました。
この瞬間から、カエルにとって少女は片時も忘れられない存在になったのです。
カエルは、ちっぽけなカエルでありながら人間の少女に恋をしたのです。
それからというもの、来る日も来る日もカエルは少女の姿を探します。
しかしどんなに必死で探しても少女は見つかりませんでした。
彼女は少し離れた場所に住んでいた為に
所詮はカエルである彼の足では見つける事は出来なかったのです。
しかしカエルは諦めません。
懸命に自らを投げ打って、ただひたすらに少女を探します。
それは何故でしょうか。
それは彼が一匹の愚かなカエルに過ぎなかったからです。
愚かな彼には、およそ否定的な考えなんてこれっぽっちも浮かばなかったのですから。
雨の日も風の日も。
彼はその貴重で短い一生をひたすら費やします。
その姿は他の者から見ていて、それはそれは哀れなものでした。
そしてある日、それを見兼ねた一匹の年老いたカエルが彼に話しかけたのです。
『お若いの。随分と熱心だが、何か探しているのかね?』
勿論この年老いたカエルは全てを知っていました。
この話題は他のカエルの間でも有名でしたからね。
『なんだじいさん。アンタに聞いても無駄かもしれないがな。』
『大きくて眼の綺麗な生き物を探しているんだ。知らないかい?』
年老いたカエルはできるだけ丁寧に尋ねましたが、対照的に空色のカエルは何とも無礼な口振りでした。
それが若さ故なのか、はたまた彼の根本が愚かだからかは解りません。
しかし年老いたカエルは怒りもせずに、彼の問いに応えます。
『ふむ。それだけでは何とも言えんがな。ソレは翼をもってるかい?』
『いいや。言っておくがじいさん。僕が探してるのは鳥じゃないよ。』
空色のカエルは少し小馬鹿にした言い方をしました。
『なるほど。鳥ではないか。では、ソレには爪や尻尾はあったかね?』
『いいやじいさん。再三になるが僕が探しているのは猫や犬でもない。』
空色のカエルはなおいっそうに馬鹿にした言い方をします。
『ましてやイタチや猪なんかでもない。牛や豚とも違う。二本足で動く奴さ。』
どうせ知らないだろう。
そんな顔をしながら彼はもう相手を追い払おうとしました。
『なるほど。ではソレはきっと人間というヤツだろう。』
『なんだって?』
空色のカエルは驚きました。
まさかこんな年老いただけのカエルがあの生き物の事を知っているなんて。
『じいさん。その人間てのがどこにいるか知らないかい?』
途端に彼は必死になります。
年老いたカエルはあくまで落ち着いて、彼の問いに応えます。
『何処にいるかって、そこら中にいるもんさ。ヤツ等は兎に角数が多いんだ。』
『そんな。凄く奇麗な眼をしてるんだ。そういう種類のヤツさ。』
年老いたカエルはまあまあと諭します。
『そういう人間も沢山いるさ。他になにかないのかね。』
『肌はバラの様な色で、毛は朝方の空の様だったっけ。』
それを聞いてフームと、年老いたカエルは考えます。
『その人間かどうかは解らないが、この先の池の近くにそんなヤツが住んでいたなあ。』
『本当かい!?』
空色のカエルはまさに飛び跳ねて喜びます。
そしてすぐにでも、その少女とおぼしき人間に会いにいこうとしました。
しかし、年老いたカエルがそれを止めます。
『待ちなさいお若いの。その人間に会ってどうするつもりだい。』
『人間は我々にとって決して安全な生き物とは言えないんだぞ。』
そこで彼は、初めて人間とカエルの関係について学びます。
『そうなのか。でも大丈夫。向こうだって僕の事が好きだって言っていたよ。』
『ご覧の通り僕は特別な色をしてるからね。悪くはしないだろうさ。』
空色のカエルは自慢げに身体の色を見せます。
『なるほど確かにお前さんは特別な色をしとる。』
『だがそれだけでは人間とカエルの間にある壁は乗り越えられんよ。』
その言葉に空色のカエルは怪訝な顔つきをします。
『どうしてさ?』
『そりゃあお若いの。カエルと人間じゃまず大きさが違う。』
『それが何か問題かい?』
『お前さんが向こうを見つけても向こうがお前さんに気付くとは限らない。』
『それで?』
少しムキになって、空色のカエルは質問を続けます。
『向こうの声はお前さんに届くが、お前さんの声が向こうに届くとは考えられない。』
『だからなんだい?』
『困ったね。会話にならなきゃしょうがないんだ。』
『なんとかなるさ。僕はこんなに奇麗な色をしてるんだ。すぐ見つけてくれるさ。』
年老いたカエルは少し呆れていました。
こんなにもこの若いカエルが愚かだとは思っていなかったのです。
『それにな。お前さんが思っているよりヤツ等はずっと賢くて長生きなんだ。』
『我々カエルの何倍も生きる。カエルと人間では同じ時を生きられないんだよ。』
彼の頭では、よもや年老いたカエルの言葉を理解できませんでした。
『兎に角あってみればなんとかなるさ。ありがとう。じいさん。』
今度こそ空色のカエルは年老いたカエルを振り切って行きました。
『愚かなカエルだ。。。。。可哀想に。』
年老いたカエルはそう呟くと、草の根元に腰を下ろして今までずっとそうしてきた様に空を見上げました。
しばらくして。
随分長い時間が過ぎました。
(実際はそうでもなく、勿論カエルにとっての長い時間です)
年老いたカエルは変わらずに草の根元にいました。
すると向こうから、いつかの空色のカエルがとぼとぼやって来るではありませんか。
『お若いの。久しぶりじゃな。』
彼はたまらずに声をかけました。
『ああ。なんだじいさんか。久しぶりだね。』
なんだか空色のカエルには元気がありませんでした。
『どうしたい?例の、人間には会えたのかい?』
答えが解っていても時には質問をするものです。
『会えたよ。僕の探している人間だったさ。』
『それで?』
『じいさんの言う通りだったよ。どんなに飛び跳ねても向こうは気付かない。』
『それで。』
『どんなに大きな声で鳴いても、まるで聞こえてない。』
『それから。』
『そんな事をしてたら百舌に襲われてね。何とか逃げたけど、もうアソコには行けないよ。』
彼はカエルでしたから涙を流す事はありませんでしたが、とても悲しい顔をしていました。
『だから言ったろうて。同じ時は生きれないんだ。諦めなさい。』
『嫌だ。僕は何としても、もう一度あの奇麗な眼に見つめられたい。』
空色のカエルは子供の様に駄々をこねました。
『しかしなあ。それにはお前さんはあまりにもちっぽけじゃて。』
年老いたカエルは再び諭す様に言います。
『クソっ。どうして僕はカエルなんだ。』
『あんまりじゃないか。僕はカエルになんかに生まれたくなかった。』
『僕も人間が良かったのに。変わりたい。人間になりたい。』
もうこうなっては手がつけられず、年老いたカエルは呆れてしまいます。
『そんな事を言うもんじゃないぞ。人間よりずっとカエルのが良いじゃないか。』
『嫌だっ。僕は人間になるべきだったのに。きっと何かの間違いなんだ。』
この頃になると、彼らはお互いがお互いの話を半分くらい聞いてはいなかったのです。
『ああ。人間になりたい。あの人間と同じになりたい。』
そうしてその時、年老いたカエルはうっかり口を滑らせます。
『愚か者め。そんなに変わりたかったら、「ほとりの泉」にでも飛び込むが良いわ。』
『なんだいそりゃ?』
その瞬間、年老いたカエルはしまったという顔をします。
『んん。なにが?』
『今言った、「ほとりの泉」ってのはなんだい?じいさん。』
『いやあそんな事言ったかの。』
『とぼけるなよじいさん。今そこに飛び込めって言ったじゃないか。』
空色のカエルは詰め寄ります。
年老いたカエルは苦しくて、ついに答えてしまいます。
『この先に「ほとりの泉」というのがあって、それは不思議な泉なんじゃ。』
『なにがどう、不思議なんだ?』
『その泉に飛び込んだ者の想いが強ければ、その願いは叶えられる。』
『もし想いが強くなかったら。一体どうなる?』
『例え我々カエルであろうと、必ず溺れて死ぬ。』
しばらく、沈黙が流れました。
そして空色のカエルは、何かを決心した顔をします。
『おい!待ちなさい。どうするつもりだ。』
解っていても、時には訊かなければならない時があります。
『ありがとうじいさん。僕は人間になってくるよ。』
『馬鹿な!必ず後悔するぞ!止めなさい!』
空色のカエルは笑みを浮かべて言いました。
『大丈夫さ。どうせ生きてたって苦しいだけだ。ならいっそ、溺れて死んだって構わない。』
そうして空色のカエルは、もう振り返ろうともしませんでした。
『なんて、哀れなカエルなんだ。可哀想な事をしてしまった。。。』
そうして年老いたカエルは深い、とても深い溜め息をつきました。
(勿論カエルにとっての深いであって、実際は池の方がずっと深かったのです。)
空色のカエルはしばらく何も考えずに年老いたカエルの指差した方へ歩いていました。
そうして、いともあっけなく「ほとりの泉」は見つかったのです。
それは、とても奇麗に一点の曇り無くキラキラと光っていました。
なるほど確かに、何か不思議な力を秘めていそうだとカエルは思いました。
彼は躊躇無く、
どぼんっ
と飛び込んだのでした。
キラキラと光る水に、その身体を抱かれながらカエルはこんな事を考えていました。
「僕は人間になる。きっとなれる。この気持ちは本当だ。」
「だが待てよ。本当に人間でいいのか。」
「人間てのは兎に角やたら数が多いんだよな。」
「もし人間になったら僕は特別な者ではなくなってしまうぞ。」
「それじゃあの人間が好きになってくれないかもな。」
「それじゃ意味がないな。そうだ。いっそ特別な人間になればいいじゃないか。」
「そうとも。普通の人間よりもさらに長生きで。更に賢くて。」
「普通の人間よりもずっと大きくて特別な身体も欲しいな。」
「翼があってもいいな。何処へでも飛んで行けるぞ。」
「爪も欲しいな。あの百舌に負けないくらい強力な爪だ。」
「尻尾なんかも欲しいね。それであの人間を遊ばせるんだ。」
そんな事を思っていました。
やがて、彼は「ほとりの泉」の中で立っている自分に気付きます。
それは昔の彼からは想像もつかない程大きな身体になっていました。
全く違う景色に戸惑いましたが、彼は自らの想いがつ強く、本当のものであった事に喜びます。
彼は、一匹の大きな空色の竜になっていたのです。
『やったぞ!これであの人間だって、僕をもっと好きになってくれるに違いない!』
早速彼は、新しく授かった羽根をぶんぶんならして空へと羽ばたきました。
あんなに遠かった少女の家も、ほんの一瞬で辿り着いてしまいます。
『凄いぞ!僕はなんて素晴らしいんだ。僕は特別な人間だ!』
彼はそう叫びました。
それは大きなうなり声となって辺り一面に響き渡りました。
その声に気付いた少女の父親が何事かと家の外に出てきました。
そして空色の竜を見るなり大声を張り上げて家の者達に外へ出るなと警告します。
『やあ。この家にキレイな眼の人間がいるだろう。』
『家の中ににいてこっちを見てるヤツさ。アイツに会わせてくれないか。』
竜はそんな風に気楽に話しかけましたが父親は大きく手を広げて言います。
『それはできない。お前に娘を会わせるわけにはいかない。』
『どうしてさ。僕らは前に会った事がある。アレも僕に会いたいはずさ。』
その言葉を聞いて父親は娘に尋ねます。
しかし娘は震えながら首を横に振りました。
『娘はお前なんか知らないと言うし、会いたくないと言っている。』
父親は断固として立ちはだかります。
竜は少しイライラしてきました。
『解らないヤツだな。もういいや。そこをどいてくれ。』
そういうと竜は軽く父親の身体に触れました。
その瞬間、父親の身体を大きく刎ね飛ばしてしまいます。
それを見た少女が悲鳴を上げて、家から出てきました。
『いやぁぁぁぁ。お父さん!しっかりして!いやぁぁ。』
竜はしまったと思いました。
軽く触れただけなのにどうやら相手を傷つけてしまったからです。
『やあ。悪かったね。そんなつもりじゃなかったんだ。ところで僕を覚えてるかい?』
竜は微笑みながら少女に挨拶をしました。
しかし少女は泣きながら彼に怒鳴ります。
『私、あなたなんか知らないわ。どうしてこんな酷い事をするの?もう帰ってちょうだい。』
『おいおい。忘れたのかい?ホラ、こんな空色のカエルに会った事があるだろ?』
しかし彼女は彼に眼もくれずひたすら父親に泣きすがります。
『いやっ!こっちに来ないで!知らないったら。お父さん!返事をして!お父さん!』
竜はがっかりしました。
とてもキマリが悪くなり、なんだかいたたまれなくなってしまったのです。
『本当にそんなつもりじゃなったんだ。キミに会いたかっただけなんだ。』
『ヤメて!近寄らないで!もう帰ってったら!』
そう言って少女は、竜に石を投げつけました。
それは竜の顔に当たり、地面にコロンと落ちました。
竜は、未だかつて感じた事の無いくらいの悲しみに襲われました。
決して顔に当たった石が痛かったわけではありません。
再び彼女に話しかけようとしましたが、やはり止めておく事にしました。
その場から去る際も竜は少女の顔を見続けていました。
少女は初めて出逢った時と同じ様に別れ際に涙を流していました。
しかしそれはあの時の様に美しい涙ではなく何故だかとても胸が苦しくなるのでした。
竜は黙って、翼を広げ飛び立ちます。
その後またいくらかの時が経ちました。
いまや竜は「ほとりの泉」に浸かってひとりぼっちです。
とても悲しい失意の底にいました。
カエルだった時とは違い、彼には賢い頭がありました。
しかしそれをもってしても彼の悲しみは到底癒えなかったのです。
それどころか、かつての自分が愚かであり
そのせいで少女を傷つけてしまった事を理解してしまったのです。
それは賢くなりたいと願った彼にとってあまりに皮肉な結果でした。
そしてその傍らで、この竜が彼だと知りながらせめてもの慰めにと鳴く年老いたカエルの声も
大きい身体をした今の彼には届かなかったのです。
竜の眼からは涙が溢れていました。
その時彼は、初めてこの美しくも苦しい水滴が悲しみによって生まれる事を知ります。
竜はこう思いました。
「僕は変わるべきではなかったんだ。」
「僕はカエルのままでいれば良かったんだ。」
「誰も僕が変わる事を望んでいなかったのに。」
「僕は結局、孤独になってしまっただけだった。」
「あぁ。もう一度カエルに戻りたいなぁ。」
「もう一度カエルに戻って雨の中で草花の間を散歩できたらどんなに嬉しいか。」
「あぁ。元の姿に戻りたい。」
しかし、彼は依然として竜のままでした。
「ほとりの泉」が願いを叶えるには、今の彼では大き過ぎたのです。
そうして竜は、その寿命が尽きるまでの長い間ひとりぼっちで暮らしました。
(勿論それは竜にとっての長い間ですから、実際には気の遠くなるほどの時間でした。)
了




