滅びる世界で微笑んで
勇者ナミナは召喚された異世界人だ。
よくある話で、召喚されたナミナは、ひとつ頼み事をされた。
『この世界は滅ぶだろう。貴方には滅びを少しでも先に遠ざけて欲しい』
ナミナが召喚された世界はもうすぐ滅ぶそうだ。
そして、その滅びは止めることは叶わない。これはたとえ勇者であっても例外ではないというお話。
けれど、滅ぶその時を少しでも遠ざけることはできるらしい。
ナミナはひとつ問うた。
『私は元の世界に帰れますか?』
問われた者が答えた。
『滅びを遠ざけることができたとき。もしくは滅びをむかえるときには自然と帰れる。世界が貴方を弾くだろう』
ナミナは頷き、もうひとつ問うた。
『滅びはどうすれば遠ざけられるのでしょうか?』
また、問われた者が答える。
『闇を打ち祓えば、滅びは遠ざかるだろう』
ナミナはもう一度、頷くと頼み事を引き受けた。
『では、闇を祓いましょう』
勇者ナミナは旅に出る。
仲間は4人。
騎士の青年、神官の女性、獣人の少年、魔法使いの少女。
皆が志願して、選ばれた仲間だった。
5人で世界中を旅して回る。
集落に、村に、町に、都に、要塞に迫る闇を打ち祓い、ナミナたちは英雄と呼ばれるようになった。
けれど、滅びは止まらない。
東の国から少しずつ。
草木が枯れ、生き物が逝き、空が割れて、大地が消えていく。
ナミナたちは出来る限り、戦った。迫る闇から人々を助け、その命を救った。
それでも、滅びは止まらない。
ある時、野営をした夜。
5人は火の周りに集まって座っていた。
重い空気。
ナミナが口を開いた。
『皆は、一緒に来れないのですか?』
旅をするうち、ナミナは仲間たちのことが大切になっていた。
自分は元の世界に帰れるから良い。だが、仲間たちはこのまま滅びを待つしかない。
そう考えたら、思わず口から言葉が出ていた。
神官の女性が寂しそうに微笑む。
『それは叶いません。私たちは、この世界の人間です。滅びをむかえるときには、ここから離れることができないのです』
獣人の少年が笑う。
『まぁ、仕方ねーよ。こればっかりはさ』
魔法使いの少女は無表情に。
『貴方は何も心配しなくていい』
騎士の青年が清々しい横顔で。
『ナミナはちゃんと帰れ。君を心配している人が向こうにもいるだろう?』
ナミナは泣きそうになった。しかし、泣くことは出来ないと唇を噛む。
『………分かりました』
ただ一言、そう呟くように応えた。
旅する5人は、4人になった。
騎士の青年、神官の女性、魔法使いの少女。
獣人の少年の鼓動が止まった。
大きな闇との戦い。
動けなくなったナミナたちを守る為にその身を投げ出して、そうして言葉を交わすことも出来なくなった。
4人は涙を流す。
神官の女性が送葬を取り仕切る。
ナミナは、彼が大事にしていた腕輪を握り込む。
彼は炎に包まれて、夜空に消えた。
旅する仲間が3人になった。
騎士の青年、神官の女性。
魔法使いの少女の瞳が開くことはない。
多すぎる闇が都に迫る。
ナミナたちだけでは全てを祓うことはできない。
未だに残る人々の山。逃げ惑う人、祈る人、諦める人。
その人たちを救うため、少女は禁忌の魔法に手を伸ばした。
絶大な力。
その一撃で、迫る闇の全てを祓った。
対価は命。
魔法使いは氷の柱に飲み込まれ、そのまま瞳を閉じた。
全員の力を集めても、柱を壊すことは叶わない。
ナミナの手には彼女の髪飾りがある。
凍った彼女、柱の中の少女は優しく微笑んでいた。
旅する仲間がまたひとり減った。
神官の女性。
騎士の青年が剣を握ることは二度とない。
強大な闇が襲いかかる。
その数はふたつ。
闇の中でも最も強いふたつだった。
ナミナと神官の女性はふたりでひとつを。騎士の青年がもうひとつと対峙する。
騎士の青年の指示だった。
ナミナと女性は戦った。そして、ようやっと闇を祓ったとき、目に映ったのは騎士の青年が闇と相討つ光景。
騎士の青年は剣を闇に突き刺し、闇は青年の鼓動を貫いていた。
闇は祓われ、青年も地に伏す。
ナミナたちは青年に駆け寄る。
呼びかける声に、青年は一度だけ瞼と開き、清々しい笑みを浮かべた。
口から出た言葉は、ナミナの胸を打つ。
渡されたのは、彼がいつも身につけていたペンダント。
ナミナがそれを受け取ると、満足そうに頷いて彼は呼吸を止めた。
遂に世界に滅びがやってきた。
伸ばせたのは1ヶ月か、1年か、それとも数年か。
闇が空を覆い尽くし、大地を消し去り、生き物を飲み込んだ。
ナミナは高い塔の上で、神官の女性と並び立つ。
塔からは闇が世界を飲み込んでいく様がよく見える。
俯くナミナの顔を、神官の女性が両の手で包み込んだ。
涙を流しながら顔を上げれば、彼女は幸せそうに笑った。
『ありがとうございます。貴方がいなければ、滅びはもっと苦しみをもたらしていたでしょう』
彼女は礼を述べる。
ナミナは首を横に振った。
『私には何もできませんでした。世界は滅びをむかえ、仲間たちは皆、先に逝ってしまいます』
神官の女性はナミナの額にキスをした。
『確かにこの世界は滅びます。私たちも貴方を残して逝くでしょう。けれど、貴方は私たちにひと時の安らぎを与えてくれました』
彼女は微笑みながら、ナミナの手を握る。
『貴方は自分を責めるかもしれません。ですから、せめて先に逝く私たちを貴方と共に連れて行って下さい』
離されたナミナの手の中には、彼女が気に入っていた銀の指輪があった。
『貴方が帰っても、私たちは貴方といつも共にいます』
そうして、光がナミナを包み始める。
『……必ず、必ずいつも一緒にいます』
ナミナは女性の瞳を見つめながら約束を交わす。
約束の言葉に、女性は頷いた。
そのまま光はナミナの視界を白に染め上げ、意識は遠のいた。
瞼を開ければ、青空が見えた。
見慣れた場所、匂い、風景、人々。
ナミナは帰ってきた。
平和な世界。ナミナは俯いた。
しかし、握りこんだ両の手の中に硬い感触。
開いてみれば、そこには仲間たちがいた。
獣人の少年の腕輪。
魔法使いの少女の髪飾り。
騎士の青年のペンダント。
神官の女性の指輪。
ナミナは静かに泣いた。
空を見上げれば、遠く、彼らの声が聞こえてくる気がした。
そして、やがて涙が止まって。
ナミナは力強く、一歩を踏み出した。
ちょっと世界が救えない話でも、と思って書いた作品です。
もうちょっとバッドエンドっぽい話も考えたのですが、私が個人的にハッピーエンド主義だったので、なんだか中途半端になったかもしれません。
少しくらいは救いのある終わり方、というのがどうしても抜けないようですが、読んで頂けたようでしたら幸いです。