第95話
「陛下のお越しです」
扉の外から掛けられた声にセシルは少し、微笑んだ。
「お待ちしておりました。陛下」
開け放たれた扉からゆっくりと室内に入ってくるエドアルドをセシルは一礼して迎え入れる。ニコラ達も頭を深々と下げ、エドアルドの言葉を待った。
「あぁ、待たせたな。お前たちは下がっていろ。後で話がある」
エドアルドはそう言ってニコラ達を下がらせ、セシルをソファへと誘った。セシルはエドアルドが何を話すつもりなのかと不思議に思いながらそれに従った。
「セシル、これは決定事項ではなく、提案なんだが、聞いてくれるか?」
エドアルドはそう言いながら、そっとセシルの手を取った。セシルはそれに頷くことで応えた。
「お前の居を王宮に移し、お前の王妃教育を始めてはどうかと母上から提案があった。お前が俺の妻に、そして、この国の王妃になることは揺るがぬ事実だ。早めに始めて損なことでも無いからと。それに、何かしていた方が気が紛れるんじゃないかとも仰った。俺もそう思っているが、セシルはどうしたい?」
突然の提案にセシルは少なからず戸惑っていた。エドアルドの妻となり、この国の王妃になることに対する覚悟は出来ていたつもりでも、それが現実味を帯びてくるとやはり違うものなのだと痛感していた。だが、同時に嬉しくもあった。提案がクラリッサからのものであるということはエドアルドのみならず、彼女もまた、セシルをエドアルドの妻にと望んでくれている証に思えたからだ。これから先、歩む道が決して平坦なものではなく、味方もあまり多くはないことはセシル自身、自覚している。そんな中、自分を気遣い、尚且つ立場を明白にしようとしてくれているこの提案はセシルにとって大きな喜びでもあった。
「・・・エドアルドとお義母様は私のことをとても気遣って下さっているのね」
セシルは感極まり、涙声になりながらそう言った。
「・・・セシル」
エドアルドはセシルの目尻にうっすら滲んだ涙を指先で拭うと、セシルを腕の中に引き寄せた。
「その気持ちに答えたいわ。私、頑張る」
エドアルドの胸に顔を埋めながらセシルは力強く宣言した。そんなセシルに様子にエドアルドは苦笑いを浮かべる。
「いつも言ってるだろう?変に気負いすぎる必要は無いって」
「・・・私は私らしくいればいい。でしょ?」
エドアルドが言おうとしていたことを先回りしてセシルが呟くとエドアルドはニヤリと笑ってセシルの顔を覗き込んだ。
「そうだ。ちゃんとわかってるじゃないか。じゃあ、ご褒美だな」
エドアルドはそう囁くとセシルに唇にそっと口づけを落とした。セシルは優しい口づけを受けながら、自分はとても幸せ者なのだと思った。