第94話
「如何なさいました?陛下」
何やら思案顔をしているエドアルドに向かってエルンストが問いかける。手元の書類を決裁する作業も滞っていたので気になったのだ。
「ん?あぁ、すまない。すぐに終わらせる」
エドアルドはそう言って作業を再開したが、その手はすぐに止まってしまった。
「・・・実はな、母上からセシルの王妃教育を始めてはどうかと打診があった。正式発表はまだだが、セシルが王妃になることは揺るがぬ事実であるし、早めに始めて損な事でもない。・・・何かしていたほうが気が紛れるだろうとも仰った」
「確かに、その考えは一理ありますね」
エドアルドの言葉にエルンストは賛同をした。
「しかし、そうなりますと、準備に少々お時間を頂戴することになると思います。セシル様に享受して頂く内容を詰めた上で、セシル様の教育係の者を選定せねばなりませんし、セシル様に王宮に居を移して頂く必要もございます」
「それだ。それで悩んでいる」
「はい?」
エドアルドがどの事柄を指すのかいまいち理解出来ずにエルンストは首を傾げる。
「セシルの教育には母上も参加なされる。母上はセシルに王妃として作法や立ち振る舞いをお教えになるつもりだ。その過程でどうしても『お茶会』を開きたいと仰った」
「お茶会?一体何故そのことで悩まれるのですか?」
エルンストの問いは尤もだろう。エドアルドだってそれが普通のお茶会であれば何も悩みはしないのだ。
「お茶会は母上主催で開かれる。招待客は俺、セシル、お前、テオ、ギルベルト、それからブライトクロイツ侯爵夫妻だ。お茶会の議題は『アルコーン王国について』だ。ここまで言えば、母上の意図が分かるだろう?」
エルンストはクラリッサの思惑に気付いて大きなため息をついた。
「セシル様に多方面から国を知って頂くおつもりなんですね。陛下と私から政を、テオバルト殿下から財政を、ギルベルト殿下から軍備を、そしてブライトクロイツ侯爵夫妻から民のことを」
エルンストの言葉にエドアルドは小さく頷いてみせた。
「母上はセシルには自分と同じ苦労をさせたくないというお気持ちが強い。そのことは有り難いとは思うがこの提案は少々困る」
「あまり前例の無いことばかりをすれば益々老人たちはセシル様に反発なさる可能性がある」
エドアルドの苦悩をエルンストは言い当てた。
「殆ど味方の居ないセシルがさらに孤立することは避けたいのが本音だ」
エドアルドがそれを危惧する気持ちはエルンストにもよく分かるつもりだ。だが、エルンストはこうも思っていた。
「されど、王太后様のお茶会は老人達のセシル様を貶めようとする動きの武器や盾になりませんか?恐らくですが、会議においてセシル様が答えられないような質問をぶつけてくるでしょう。それに淀みなく答えれば彼らはセシル様を認めざるを得なくなる。王太后様はそれを狙っておいでなのでは?」
エルンストが言ったことはエドアルドも考えていないわけではなかった。ただ、背中を押してほしいとどこかで願って居たのかも知れない。
「そうだな。調整を頼む。セシルには今夜、俺から話しておく」
エドアルドはクラリッサの提案を受け入れることに決めた。
「畏まりました」
エルンストが準備のために退室するのを見届けるとエドアルドはすっきりした気持ちで執務を再開した。