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第9話

「一体どういうことだ?」


別室に案内されてからアロイスは開口一番そう呟いた。そんな父の呟きを耳にしてセシルは申し訳なさそうに答える。


「ごめんなさい、お父様。私にもよくわからないの」


「分からない?」


アロイスは椅子に腰かけながら問いかける。セシルはアロイスの向かいに腰かけながら話し始めた。


「陛下が私の元を訪ねて来たのは最初の一度だけなのは間違いないの」


其れではなぜ?喉元まで出かかった言葉を呑みこみ、アロイスは娘の言葉を待った。


「今になって、急に陛下から贈り物を賜ったの。それだけも驚いていたのに・・・まさか、声をかけてい らっしゃるなんて・・・」


セシルの顔に浮かぶ困惑がその言葉を真実であると裏付けている。これ以上、セシルの口から引き出せることはないだろう。アロイスは何度めか分からない溜息をついた。


「・・・まぁ、いい。何か進展があったらまた連絡しなさい」


「・・・はい」


俯き、肩を落として返事をするセシルにアロイスは無理やり笑みを向けた。


「セシル。元気だったか?」


セシルもぎこちない笑顔を返す。


「えぇ。お父様は?元気でらした?」


「あぁ。もちろんだ」


「・・・お父様、お母様は?」


「・・・知らせが来た時、アレは丁度茶会に出かけて留守だった。そのまま、知らせずに私だけで来た」


セシルに妻を逢わせたくない一心でアロイスは夫婦同伴が常の夜会に単身で訪れた。周りから奇異の視線を受けようとアロイスは構わなかった。


アロイスの言葉に今頃、母は怒り狂っているだろうとセシルは思った。同時にアロイスが自分のために母を置いてきたのだ悟り、居た堪れなかった。



二人はそれから近況やらなにやらぽつぽつと話し始めた。最初は何だか久しぶりすぎて途切れがちな会話だったが、だんだんと話が弾み始めた。



「・・・セシル」


一頻り話した後、アロイスはセシルの名を呼ぶ。その響きはどこかいつもと違うような気がして、セシルは小首を傾げた。


「・・・お父様?」


呼びかけたというのにアロイスは中々口を開こうとしない。


何か言いにくいことなのかしら?


セシルはそう考えながらアロイスの言葉を待った。


「・・・すまなかったな」


漸く紡がれた言葉は謝罪だった。セシルは何に対する謝罪なのか分からずただ、アロイスを見つめた。


「一年前、あの二人を止めることが出来なかったのは私の罪だ」



一年前、王宮からセシルに側室として後宮に上がることの打診があった時。アロイスはその申し出を断るつもりでいた。数合わせのようなもので家柄が申し分ないセシルが候補の一人に上がっただけで、決定ではなく、拒否権はあると説明されていたからだ。


だが、セシルの母と兄は違った。


アロイスの妻でセシルの母親でもあるエディタは典型的な貴族だった。アロイスとエディタは政略結婚だったが、エディタは二人の間に子供が男と女とうまい具合に二人生まれると役目は終わったとばかりにアロイスと寝所を別にしてしまった。着飾ることが趣味で金銀宝石に目が無く、夜会、舞踏会、昼間の茶会と忙しく出向いて噂話や人の悪口に華を咲かせるのが好きな女性だった。


セシルの兄、ディルクもそうした母の性格を色濃く受け継いだ人物だった。父であるアロイスが受け継いだ爵位とわずかな領地を守ることに重きを置き、これ以上の繁栄を望んでいないことを馬鹿にして、自分が後を継いだらこの家をもっと大きくして見せると息巻いた。


そんな二人にとって、セシルの後宮入りは願ってもないことだった。


エディタはセシルを地味でつまらないと毛嫌いし、派手で野心家のディルクを溺愛していた。ディルクの方も野心を持たない父を嫌い、大人しいセシルを馬鹿にして、エディタだけを尊敬し、愛していた。


そう、二人にとってセシルは邪魔でしかなかったのだ・・・。


セシルが後宮に入るということは厄介払いが出来るという想いが強かったのはもちろんだが、別の思惑もあった。



万が一、セシルが国王に寵愛を受け、王妃にでもなれば王妃の実家として、今よりもっと豊かな暮らしが手に入るかもしれない。



寵愛を受けないとしても、側室が身内にいるだけで箔が付くのだ。二人がこれを見逃すわけはなかった。



「地味なお前が漸く役に立つのよ!さっさと行きなさい!」


「この俺の言うことが聞けないか?!とっとと役に立て!この愚図が!」



後宮行きを渋るセシルに対し容赦ない言葉を浴びせ、結局押し切ってしまった。



一年前のことを思い出すと、セシルの瞳に涙が浮かんだ。


「セシル・・・」


娘の涙にアロイスは想いを吐露したことを後悔した。



思い出させてしまった。あの辛い日々のことを・・・



自分が楽になりたくて、セシルに許してもらいたくて、アロイスは謝罪の言葉を口にしてしまった。それがセシルにとってつらい思い出を思い出すきっかけになるなんて考えられずに、ただ、自分のためだけに告げてしまった。


「・・・謝る必要なんてないわ。お父様」


セシルが涙を拭きながら告げる。アロイスはじっとセシルを見つめた。


「確かに、私は後宮に来たくて来たわけじゃないけど・・・」


セシルはグッとドレスを握りしめる。


「・・・お母様とお兄様から離れられたのはよかったと思ってるの」


アロイスは目を見開き、その後、目元を両手で覆って俯いた。



あぁ!なんてことだ!

この優しく、人を敬い、誰にでも分け隔てない態度で接することが出来る

この子がこんなことを言うなんて!



アロイスはセシルの心の傷の深さに今更気づき、あふれ出る涙を誤魔化そうと娘の前で俯き続けた。




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