第86話
「・・・」
セシルは目を覚ますとゆっくりと体を起こした。シーツに何か重みを感じて視線を走らせれば、エドアルドが床に座り込み、ベットに突っ伏して眠っていた。そばについていてくれたことを嬉しく思いつつもその姿が国王にあるまじき姿だと思ったセシルはエドアルドをそっと揺り起こす。
「・・・ん?・・・あぁ、目を覚ましたのか。気分はどうだ?」
「眠ったら少し落ち着いたわ」
「そうか」
エドアルドは立ち上がるとセシルの横に座り、肩を抱いて引き寄せた。エドアルドの肩に凭れながら、セシルはどこか遠くを見るような目でこう言った。
「お母様とお兄様が亡くなったと聞いて、心にぽっかりと穴があいたような気分だわ。いい思い出なんてほとんど無いけど、居なくなったことは悲しいの」
兄は自分のことをお人よしで甘いと言っていたとセシルは思い出す。そう言われてるのを蔑みとしてしか受け取れていなかったが、今にして思えば実にセシルの性格を言い当てた言葉と思える。兄はそんな性格を嫌っていたのだろうが、セシルのことを理解していた証にも思える。
母も同じだ。引っ込み思案で派手なことを嫌うセシルにそんなでは社交界で生きていけない、だからお前は駄目なのだと言われていた。駄目なのだという否定の言葉しか心に刺さらなかったが、社交界で生きていけないと心配もされいたことに今更気づく。
抱きしめてくれないから、微笑みかけてくれないから、話しかけてもうんざりしたような顔をされるからと全て諦め、距離を取っていた。そうすることで己を守っていたつもりだが、大切なことをたくさん見落としてしまったような気がした。
「・・・そんなの当たり前だろう。どんな形であれ、家族なんだ。失うのは悲しくて当たり前だ」
エドアルドはそう言ってセシルの髪を優しく撫でる。そうしている内にエドアルドの心が自分が放った言葉で微かに揺れるのを感じた。
どんな形であれ家族というのは自分にも当てはまる言葉に思えた。王族という特殊な環境。兄弟、姉妹はいるが皆、腹違い。そんな中でそれなりに良好な関係を築いてこられたと思う。
唯一人、ゲオルクを除いて・・・
エドアルドを憎み、王位に固執するあまり、ゲオルクは他の弟たちや姉妹とまったく馴れ合うことをしなかった。一番末の妹は恐らく口も利いたことも無いだろう。
そうした希薄な関係は今回のゲオルク排除計画に如実に表れた。エドアルドが皆に計画を打ち明けた時、誰一人反対する者が居なかったのだ。テオバルトは率先して参加している、ギルベルトは仕様が無いことだと思っている風だ。姉達は好きにしなさいと言い、妹はあの人まだ居たのと聞いてきたくらいだった。
ゲオルクが居なくなっても、自分達は何も変わらないだろう。ゲオルクを除いた状態で家族の関係が構築されているのだから当たり前だ。
それが当たり前になってしまったことを残念に思う。ゲオルクだけが悪い訳では無い。自分達だって悪いのだ。あちらが関わる気がないのなら、こちらから関われば良かったのだ。それをしなかったのはこちらの落ち度だ。
どうして人はどうにもならなくなってから大切なことに気づくのだろうか。
セシルとエドアルドは心の中で同じことを思って、身を寄せ合っていた。