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第82話

「・・・んっ」


パチパチと何かが爆ぜる音、妙に明るい視界、喉を襲う痛み。それらを不審に思って目を覚ましたディレクの目の前には黒い煙が充満していた。


「・・・火事か?!」


事態に気付いたディレクはベットを飛び降り、自室を出て母の部屋へと急ぐ。


「母さん!」


叫ぶように呼び掛けて、母の部屋に掛け込んだが、そこに母の姿は無かった。


「もう逃げたのか?!」


ディレクはそう言うと自らも逃げようと階段を駆け降りる。エントランスには陽が目前に迫っているにもかかわらず、微動だにしない母の姿があった。


「母さん!何やってるんだよ?!早く逃げないと!」


ディレクが駆け寄り、エディタのを連れて逃げようとするが、エディタは動こうとしない。


「母さん!」


ディレクが必死に叫ぶとエディタはディレクを見つめてこう言った。


「ディレク、母さんと逝きましょう」


「・・・え?」


ディレクは思わず、エディタから一歩距離をとった。一緒に逝くとはどういう意味だろうか。ディレクは分からないふりをした。分かりたくなかった。


「お前と私は生きていてはセシルの邪魔になってしまうわ。あの子の将来のため、私たちは生きていてはいけないの」


自分たちが犯した罪は消えはしない。そして、その罪はセシルを王妃にと望まない者たちにとって恰好の餌になる。そのことに王宮側が気付いていないわけがない。アロイスは自分たちの国外追放という刑罰

を額面通り受け止めているようだが、エディタは違う。エディタはそれは表向きで自分たちはきっと刺客に殺されるだろうと思っていた。


そうなる前に自ら終止符を打つことをエディタは選択した。火事で命を落とせば、事故で済まされる。そう思ってエディタは別荘に火を放った。


事故で死んだのならいらぬ詮索はされないはずだ。自分たちも犯した罪も全て灰になる。


「ディレク、私はあの子に酷いことばかりしてきたわ。やっとあの子が幸せになろうとしているのに、これ以上あの子の人生を踏みにじりたくないの。あの子の邪魔をしたくないのよ。お前にはすまないと思うわ。でも、これがあの子の、セシルのためなのよ」


エディタはディレクに縋りついて懇願する。ディレクはそんな母を見つめる。


憎い男の子と知りながら必死に愛し、守ってくれたのはこの母だ。その母が一緒に死のうと言う。それを拒むことなどディレクに出来るはずがなかった。


「・・・分かったよ。母さん」


ディレクが静かにそう言った。エディタはディレクの胸に顔を埋めて涙を流した。母を抱きしめながら、ディレクはセシルに思いを馳せる。幼い頃から虐げ、邪険に扱ってきた妹。泣き顔しか思い出せないのは自業自得だろう。彼の人の元ではセシルは年相応の花の様な笑みを浮かべているのだろうか。



・・・悪かったな。セシル・・・。



ディレクはついに本人に告げることが出来なかった謝罪の言葉を心の中で呟いた。












アロイスが知らせを受けて、別荘に駆け付けた時には別荘はその全てを炎で覆われていた。


「旦那様!」


別荘番の男がアロイスに駆け寄る。アロイスは男に掴みかかるような勢いで問いかける。


「二人はどうした?!」


アロイスの問いに男はわなわなと震えだす。


「・・・私が火事に気付いた時には既に別荘は炎に包まれておりました。お二人の消息は分かりません。・・・恐らく、中に・・・」


アロイスは別荘を仰ぎ見る。炎の勢いはさらに増していた。中に居るとしたらもう、助からない。


「火の回りが早すぎる!これ、ホントに只の火事か?!」


別荘番の要請を受けて、消火活動を行ったいた誰かが叫ぶ。それを耳にした時、アロイスはこれが只の火事ではないと悟った。


がくりと地面に膝をつき、今にも燃え落ちそうな別荘を見上げる。



こんなことをさせるためにお前たちをここに連れて来たのではない



アロイスはそう心の中で呟いて、がっくりと項垂れた。















「待って!」


そう叫びながらセシルはベットからがばっと身を起こした。胸は早鐘の様に打っていて、全身にじっとりと汗をかいている。


誰かを必死に追いかける夢を見ていた。どんなに走っても、どんなに叫んでもその誰かは止まることなく、凄い早さでセシルの元を去っていく。あれは誰だったのだろうか・・・。


「・・・どうした?」


セシルの隣で眠っていたエドアルドが目を覚まし、問いかける。セシルはそれに答えることが出来ずにいた。


「怖い夢でも見たか?」


再度、エドアルドが問いかけるがセシルはそれにも答えることが出来なかった。そんなセシルをエドアルドはそっと引き寄せて、抱きしめる。


「こうしててやるから、もう少し寝ろ」


エドアルドは何も答えないセシルを咎めるでもなく、その背中を優しく撫でた。


エドアルドの腕に抱かれ、宥める様に背中を撫でられても、セシルは落ち着きを取り戻せないでいた。














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