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第79話

「少し、遅れたな」


セシルの元でゆっくりと過ごしたエドアルドは執務室に入るのがいつもより少しだけ遅れた。自分を戒めるように呟かれた言葉にエルンストが二コリと笑う。


「少しくらいなら構いませんよ」


その笑みには裏に行ってよかったでしょ?という問いが隠れているのをエドアルドは感じたが、それに気付かぬふりをして机に着いた。そんなエドアルドの態度にエルンストはやれやれという顔をしたが、すぐにその表情が微かに曇る。


「・・・陛下」


どこか言いづらそうな雰囲気を漂わせた呼び掛けにエドアルドは何も言わずに視線をエルンストに向ける。


「今朝早く、ブルックナー伯爵よりあの二人を暫く郊外の別荘に留め置いてはいけないかと打診がありました」


エルンストがそう告げるとエドアルドはエルンストから視線を逸らし、溜息をついた。


あの二人の流刑先の選定はアロイスに一任されていた。恐らくはそれを決める猶予を欲したのだろう。


「・・・伯爵もすぐには踏ん切りがつかぬようだな。仕方あるまい、許可しよう。但し、最長二週間だ。それ以上は待たぬと告げよ」


エドアルドはアロイスの気持ちを汲むことした。しかし、期限を設けないわけにはいかなかった。そのまま、ずるずると国内に留まられては困る。


「畏まりました。そのように伝えます」


エルンストがそう答えると扉の向こうから声が掛かった。


「陛下、ギルベルト殿下が御越しです」


「ギルベルト?・・・通せ」


突然の弟の訪問にエドアルドは少しだけ疑問を持ちつつも、そう答えた。


「よう!陛下、久しぶり!」


執務室に入ってくるなり、片手を上げ、エドアルドに向かってそう言って笑いかけるギルベルトにエドアルドは思わず苦笑いを浮かべる。


「相変わらずノリが軽いな、お前は」


「まぁ、そう言うなって」


ギルベルトは銀髪を短く刈り上げ、日に焼けた黒い肌に無精ひげを生やしていて、あまり王子らしくない風貌をしている。本人は『軍人ってのはこんなもんだろ』と言って全く気にしていない。


「どうした?急に」


エドアルドが問いかけるとギルベルトはソファに身を沈めながらこう言った。


「ん?あぁ、例の件なんだけど、あいつから聞かれたんだよ。急いだ方がいいですか?ゆっくりでいいですか?ってな。俺一人の判断では答えようがないから聞きに来た」


「あぁ、そうか」


ギルベルトの座るソファの向かい側のソファに座りながらエドアルドが答える。


「んで?どうする?」


エドアルドは足を組み、暫し考えるとこう言った。


「こちらの準備がまだ不完全だからな。ゆっくりで構わないと言ってやれ」


「了解。準備ってあのことだよな?堅物共はまだ渋ってんのか?」


ギルベルトが少し苛立ったようにそう言うとエドアルドは静かに首を横に振った。


「いや、あいつらは黙らせた。問題は別にあってな。そっちが解決しなければ前に進めない」


「別って・・・」


ギルベルトはそう聞きかけて、それを止めた。エドアルドが浮かべた笑みがどこか苦しそうで聞くことが出来なかった。


「それにしてもあいつは凄いな。たった一人で一国を丸めこもうっていうんだ。しかも、絶対出来ると言い切った」


気まずい雰囲気を察したエドアルドが話題を変えて来た。普段の彼からは考えられないほど露骨なそれにギルベルトはやはりあの話は聞かれたくないのだと思い、それに乗った。


「俺もそう思う。あいつがこの国の人間で、絶対にこの国を裏切らない性格で良かったと心底思うぜ。あいつが他国に人間だったり、裏切るような性格の奴だったらこの国どうなってたかわかんないぜ」


ギルベルトの言葉にエドアルドはニヤリと笑って見せた。


「何だよ?その顔」


その笑みにギルベルトは嫌な予感を感じていた。


「あいつが裏切らないのはこの国じゃなくて、お前だろ?」


予感的中。ギルベルトは顔を引き攣らせている。


「その話はよしてくれ」


ギルベルトは何とかそう返すがエドアルドはまだ止める気は無い。


「見上げたもんだよな。報われないと分かっていながら、お前のために身を粉にして働いているんだからな」


「よせって言ってんだろ!兄貴!」


ギルベルトが怒鳴るとエドアルドはクスクスと笑いだした。


「ったく。あいつが気持ちを隠そうとしないから、俺がどれだけ迷惑してると思ってるんだよ」


ギルベルトはうんざりしたようにそう言って頭を抱えた。エドアルドは少しやりすぎたかと思い、そんなギルベルトの頭をポンポンと軽く叩いて宥めた。


「ギルベルト、お前があいつの気持ちに答えてやれないことは分かってる。だけど、お前のためにそこまでしてくれる存在を無下にはするな。出来る範囲でいい。大事にしてやれ」


ギルベルトがエドアルドを見上げる。その表情はどこか拗ねているように見えた。風貌は変わってもこんな所はあまり変わらないのだなとエドアルドはどこか懐かしく思った。


「・・・分かってる」


ギルベルトはそれだけ言うとソファから立ち上がった。


「帰るのか?」


エドアルドが問いかけるとまだ拗ねている様子のギルベルトは顔を背けて頷いた。


「気をつけて帰るんだぞ」


「俺、もう子供じゃないだけど?」


エドアルドの言葉にますます拗ねたらしいギルベルトにエドアルドは苦笑いを浮かべることしか出来なかった。


そんなエドアルドを横目でちらりと見て、ギルベルトはエドアルドの執務室を後にしたのだ。







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