第78話
「ん・・・」
目が覚めたらそこにエドアルドの顔があった。セシルはそのことに幸せな気持ちに包まれる。エドアルドの寝顔を見つめているとある疑問が頭に浮かんだ。
王は伽が終わると自室に戻り、側室の居室で朝を迎えることはないとここに来た時教わった。確かにここへ来た最初の日にエドアルドがセシルの部屋を訪れた時は目覚めた時、エドアルドの姿は無かった。だが、二度目からは目覚めればエドアルドはそこにいた。これはいいことなんだろうかとセシルは思う。目が覚めてエドアルドがいることは嬉しいがそのことでエドアルドに何らかの迷惑が掛かっているならエドアルドを自室に帰すべきではないだろうか・・・。
つらつらと考え事をしながらセシルがエドアルドを見つめているとその双眸がゆっくりと開いた。
「・・・おはよう」
エドアルドはセシルににっこりと微笑みそう言った。
「おはよう」
セシルもそれに答えるがその顔に浮かぶ笑みはぎこちなくエドアルドの意識を一気に覚醒させる。
「どうした?」
不思議に思ってエドアルドが問いかけるとセシルは今度は俯いてしまった。
「セシル?」
セシルの行動の意味が分からず、エドアルドは困惑したように呼び掛ける。
「エドアルド、朝まで私の所に居ていいの?」
セシルは俯いたままそう問いかけた。エドアルドはセシルが何を気にしていたのか気付き、苦笑いを浮かべながら答えた。
「確かに、ほかの側室の所に行った時は用が済めばすぐに戻っていたな。だけどそれは別に決まりってわけじゃないんだ。長居をする気が無かっただけだよ。その意味も無かったしな」
そこまで言ったところでエドアルドは一度言葉を切り、セシルをそっと抱き寄せた。
「だけど、お前の場合は違う。側に居たいんだ。離れがたくて仕方ない。こんな気持ちは初めてだよ」
セシルは俯いていた顔を上げ、エドアルドを見つめる。エドアルドはその視線を受け止め、微笑んだ。
「だから、何も気にすることなんてないんだよ」
そう言ってセシルに口付けを落とす。セシルはそれを受け入れて身を任せた。
唇を離した後、今度はエドアルドの方が顔を曇らせる。
「どうしたの?」
セシルが問いかけるとエドアルドはすまなそうな顔で体を離しながらこう告げた。
「セシル、俺はお前を王妃に迎えたら後宮は解散しようと思っていた。お前以外の者の元へ行く気が無い以上、後宮に閉じ込めておくことが忍びなくてな」
この国では王妃と側室はきっちりと分けられる。王妃は王宮に住まい側室は後宮に住まう。故に王の寵愛が何処に向けられているのか容易に推し量ることが出来る。王妃が王の寵愛を一身に受けていれば王は後宮には寄りつかない。側室を寵愛しているなら後宮に通い詰める。セシルを王宮に迎えた後、エドアルドは後宮には足を踏み入れることは無いだろう。王の訪問が無い後宮など華やかな牢獄でしかない。
「だが、臣下達が首を縦に振らなかった。側室の中には奴らの娘も居る。貴族の娘に他国の姫もいる。一度に全ての者に暇を出すのは容易ではないと言ってな。だが、それは建前だ。本心ではまだ野心を捨てきれないんだろうな。自分と縁続きの者が俺の子を産めばまだ王族に入り込む隙があるって思ってるんだろう」
セシルは黙ってエドアルドの言葉を聞いていた。セシルは実家や親戚から何としても王妃になれだとか、王の子を産めだとか言われた事はない。
けれど他の側室はきっとそう言うことを言われてきただろう。そう思うと後宮とはやはり女の戦場なのだと思い知る。
「だがそれは叶わぬ願いだ。俺は自分の子供には俺と同じような想いをさせたくはない。だから、王妃以外と子供を作る気は無い。そのために彼女たちが後宮に来たその日しか、居室には行っていないし、彼女たちが後宮へ上がる日もしっかり決めてあるしな」
エドアルドが言ったことにセシルは首を傾げる。
「月の物が終わってから後宮に上がるようにと言われただろう?」
セシルはそう言えばそうだったと思いだす。セシルが後宮に上がる旨を王宮に伝えると、月の物は終わったかと問われた。まだであるなら、終わった翌日に使いだす様に言われたのだ。あの申し出には気恥かしい想いをさせられたが、後宮に上がってすぐに陛下のお相手ができるか知りたいのだと言われれば従うしかなく、虚偽の申請も医者には分かるとも言われてしまい、セシルは正直に終わった旨を報告する羽目になった。
「・・・そうか、終わってすぐだと子供が出来る確率がグンと下がるのよね」
エドアルドはセシルの言葉に小さく頷いた。先王の子はエドアルド以外は皆、側室の子供だ。そこに後継者争いがあったことは想像出来る。エドアルドは自分と同じ想いを自分の子供にさせたくないと言った。そう思うほどの何かが幼少のエドアルドにあり、そういう行動をさせているのだろう。そう思うとセシルの胸は痛んだ。
セシルは無意識に自分の腹部に手を当てる。その様子を見ていたエドアルドがニヤリと笑った。
「ひょっとしたら出来てるかもな?」
突然、そう言われてセシルは目を白黒させて驚いた。そんなセシルを可笑しそうに見つめてエドアルドはセシルの髪を撫でる。
「まぁ、そんな簡単に出来ないだろうけどな」
からかわれたと理解したセシルがエドアルドを押しのけ、背を向ける。
「あ、また拗ねたな」
セシルは何も答えない。そんなセシルの態度などまるで気にしていないかのようにエドアルドはセシルを後ろから抱きしめた。
「お前に似た可愛い女の子が欲しいな。黒髪碧眼の美少女」
独り言のようにエドアルドが呟く。エドアルドがそんなことを言うとは思っていなかったセシルは思わず、身を捩り、後ろを振り返ってしまう。
「・・・私は貴方に似た男の子が欲しいわ。銀髪碧眼の美少年」
セシルは自分の希望も告げてみた。それを聞いたエドアルドが微笑む。
「銀髪碧眼ってのもいいな。俺とお前の子って感じがする」
エドアルドがそう言うとセシルは何だか可笑しくなって小さく笑った。それにつられてエドアルドも笑う。
少し気の早い会話に二人は幸せを噛み締めていた。