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第75話

「どういう意味だ?」


エディタがの言葉にアロイスが問いかける。きっかけを与えたとは一体どういうことだというのか。アロイスはじっとエディタの言葉を待った。


「あの日・・・」


エディタはぽつりぽつりと語り始めた。


あの日、エディタは気分転換に庭を散策していた。そこで庭師とその見習いを見つけ、微笑みかけた。その後、庭の散策を続けていると突然、物陰に引き摺り込まれた。


驚いたエディタの目に飛び込んできたのは先程仕事をしていた庭師の見習いの男。何をするつもりなのか瞬時に察したエディタは逃げようと必死にもがいた。しかし、男の力に敵うはずもなく、エディタは男に組み敷かれた。ドレスは呆気なく取り払われ、無理やり体を晒された。そこから先は男が自分の欲望のままにエディタの体を蹂躙していくだけだった。


男が満足して体を離した後、エディタは泣きながら蹲っていた。そんなエディタの傍らで男は不思議そうな顔をしていた。そして、言ったのだ。今もエディタを捕らえて離さない言葉を、エディタがこのことを言えなくなったまるで呪詛のような言葉を・・・。


「自分から誘っておいて何で泣くんですか?」


エディタは男の言ってることが理解出来なかった。誘った?そんなことはあるわけが無かった。一体この男は何を考えているのだ。


驚いたような顔で自分を見つめてくるエディタに男は尚もこう言った。


「そんな胸の開いたドレスを着て、意味ありげに微笑んだ。アレはどう見ても誘ってますよ」


エディタは男がとんでもない勘違いをしたことに愕然とした。胸の開いたドレスは貴族界で当時流行していた。エディタも例に漏れず着ていただけだ。あの頃はどこに行っても貴婦人や令嬢はあの手のドレスを着ていたはずだ。誰もが着ているドレス。そこに特別な意味などあるはずもない。それがこの男にはわ

からなかったのだ。


微笑んだのだって労いの意味を込めて微笑んだだけだ。エディタは男女問わず使用人にはいつもそうしていた。実家への援助と引き換えにブルックナー家に嫁いできた身だ。周りの受けが悪いことは十分承知していた。だからこそ、常に微笑み、人当たりの良さを示していた。それがこんなことを引き起こすなど夢にも思っていなかった。


「誘ってなんかいないわ!全部お前の勘違いよ!それなのにこんな・・・」


エディタが泣き叫んだ。そのただならぬ様子に男は漸く自分の勘違いに気付いたようだった。男は様々な貴族の家を渡り歩いた末にブルックナー家にやってきた。その間、その家の夫人とこういう関係になることも少なくなかった。整った顔立ちと力仕事で鍛え上げられた体は夫人たちにとってとても魅力的だっ

たのだろう。男も自分が女性受けが良いことは自覚していた。だから、この家の夫人も同じだろうと思った。今までと同じように自分を誘うはずだと思っていた。そして、ついにその時が来たと思い、行動を起こしたのだ。誘った割には抵抗が激しかった。中には建前として抵抗する女も居たが、エディタの抵抗

は建前と呼ぶにはあまりに必死だったことに男は気付く。


自分に自惚れてとんでもないことを仕出かしたと自覚した男は青ざめた。そして、泣き続けるエディタの元から一目散に逃げ出し、それきり屋敷から消えた。


アロイスが戻ってきたのは翌日のことだった。エディタは何とか普通に接しようとした。だが、惨劇が頭を掠め、それが出来ない。心配そうに差し出された手を思わず振り払う。心はアロイスを求めても体がアロイスを拒んでしまう。


アロイスが気遣ってくれることは嬉しいのに触れられることは怖かった。その内、アロイスが触れようとしなくなったことはほっとしながらも寂しかった。そして、申し訳なく思った。


どうにもならなくて、エディタは自室に篭った。打ち明けることも考えたがその度に男の放った『自分から誘った』という言葉が頭の中に鳴り響く。そんなつもりは無かったとはいえ、軽率な行動をとったことには変わりない。そのことがエディタを苛んだ。


このまま、打ち明けずにいられないかとも考えた。自分を襲った男は既に姿を消し、誰かに見られたわけでもない。自分の胸に一生留めておけるのではないかと思った。


本心で言えば、打ち明けるのが怖かった。他の男に犯された自分をアロイスが変わらず愛してくれるだろうかと考えると胸が苦しくなり、言葉に詰まった。


いつまでもこうしているわけには行かないとエディタは自室を出た。打ち明けるとも打ち明けぬとも決められないまま時が過ぎ、エディタは体調を崩した。


不調の原因をエディタは考えないようにしていた。気付きたくなかった。だが、医者は無情にもエディタに懐妊を告げ、エディタは自分の身に起こったことを打ち明ける機会を完全に失った。


書斎に居る者たちは皆、一様に黙ってエディタの話を聞いていた。アロイスは苦しげな表情を浮かべ、ディレクは茫然としていた。男は項垂れたまま己を恥じていた。それぞれの顔をすうっと見渡し後、エディタはディレクを見つめた。


「お前を妊娠していると分かった時、一度は堕胎も考えたの。でも、出来なかった。アロイスの子供である可能性はあったし、何よりお腹に宿ったお前が私は愛おしかった」


そうしてエディタは賭けに出た。お腹の子はアロイスの子だと信じることでアロイスとも普通に接することが出来る様になった。そして、月満ちて産まれたのがディレクだ。


エディタが賭けに負けたことに気付いたのはディレクが成長し、その面立ちがはっきりとし始めた頃だった。そこにはあの男の面影がありありと浮かんでいた。だが、今更後戻り出来るはずも無く、エディタはこのままディレクをアロイスの息子として、ブルックナー家の跡取りとして立派に育て上げる決意をした。そんな折、エディタは再び妊娠をする。


今度こそ、アロイスの子であると胸を張って言うことの出来る子供を妊娠したことがエディタは心の底から嬉しかった。それがセシルだ。


「セシルが産まれて来た時、私は本当に嬉しかった。だって、あの子は貴方譲りの黒髪に碧い瞳を持って産まれて来た。どこからどうみても貴方の子だったんだもの」


そう、エディタは始めからセシルを疎ましく思っていた訳ではない。寧ろとても愛していたのだ。


ある日を境にエディタの異常なまでのディレクへの溺愛が始まるまでは・・・







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