第74話
「父さん!」
ノックもせずディレクが書斎に掛け込んでくる。その後に続いてエディタも書斎に入ってきた。アロイスは何も言わずに二人の方を振り返えって二人を見つめた。ディレクは固唾をのんでアロイスの言葉を待った。エディタの方は無表情なまま静かな佇まいでまるで興味が無いように見えた。
「・・・国外追放だそうだ。二度と戻って来れぬよう何も持たせず叩き出せとの仰せだ」
「そんな・・・」
アロイスの言葉にディレクはがくりと床に跪いた。その様子を見てもエディタに変化は見られない。
「命を奪われなかっただけでも良しとするんだな。それに一人で出て行かされる訳ではない。エディタもお前と共に行く」
アロイスが告げた言葉に漸くエディタの顔に表情が戻る。そこには困惑が見てとれた。
「・・・私も?」
何故、自分も出て行かなくてはならないのかとエディタは思った。今回のことはディレクが仕出かしたことへの処罰のはずだ。それなのにと思わずにはいられなかった。
「ソレを産んだのも、ソレを産むと決めたのもお前だ。責任は取ってもらう」
その言葉にエディタはハッとした。まさか気付いたというのか。まるで名を呼ぶ必要などないかのようにアロイスはディレクをソレと呼んだ。それは気付いたという意思表示なのか。射抜くような鋭い視線を避けるかのように、エディタは俯いて唇を噛んだ。
「・・・エディタ。この家を去る前に私に話すべきことがあるだろう?」
アロイスが問いかける。その問いに先程エディタの中で浮かんだ疑惑が確信に変わる。アロイスは全て気付いたのだ。いや、疑惑を確信に変える何かを手にしたと言った方が正しいだろうか。ずっと疑ってはいたはずだ。それは感じていた。確証が無く動けなかっただけだ。
話すべきことは確かにある。だが、エディタは何も言えなかった。あの日々と同じように胸に何かがつっかえて言葉を発することが出来ない。
「・・・どういう意味だよ?」
両親のやり取りをぼんやりと見つめていたディレクが問いかける。エディタはそれに答えない。アロイスは仕方なさそうに口を開いた。
「お前は私の子では無い」
躊躇く事無くきっぱりと告げた。ディレクは一瞬、何を言われたか分からなかった。
「・・・何言ってるんだよ。そんなことあるはず・・・」
受け入れることなど出来るはずも無く、ディレクはそう言った。
「信じないのなら証拠を見せてやろう」
アロイスはそう言うとパンと開手を打った。それを合図に家人が一人の男を連れて来た。エディタの目が見開かれる。それは忘れたくても忘れられなかった男。エディタが心底憎んでいる男に他ならなかった。
「良く見ろ。お前にそっくりだろう。いや、お前がこいつに似ているんだな」
促されてディレクは恐る恐る男の顔を見た。そして息を呑む。確かによく似ていた。アロイスと並んでも親子に見えないと言われたことが幾度となくあったが、この男と並べばそんなことは言われないだろう。ディレクは自分が歳をとったらこんな風になるのだろうと思った。そう思うくらい自分と男はそっくり
だった。
「エディタ。こいつは無理やりお前を襲ったと言った」
アロイスは静かに問いかける。エディタはアロイスに視線を戻した。
「こいつの言うとおりであったなら何故打ち明けなかった?無理やりであるならそれは強姦罪だ。姦通罪には問われない」
それはエディタも分かっている。だが、打ち明けようとすると男の放った言葉が頭を過り、エディタから言葉を奪った。
「・・・確かに、行為そのものは無理やりだったわ。でも、きっかけを与えてしまったのは私なの」
エディタは漸く全てを話す決意を固めた。あの日何があったのかずっと己の胸に抱え続けてきた事柄を全て話す決意を・・・。