第72話
「お母様。セシル、参りました」
クラリッサの誘いを受けて、セシルは彼女の住まう離宮を訪れた。
「いらっしゃい、セシル。待ってたわ」
クラリッサは笑顔でセシルを迎え入れ、テラスへと誘った。そこには小さな机と椅子が2脚あって、お茶をするには丁度いい空間だった。
二人が席に着くと侍女がお茶の準備を始めた。差し出されたお茶を一口口に含んだ後、クラリッサは徐に口を開いた。
「今日、貴女を呼んだのは貴女の王妃教育が始まる前に話しておきたいことがあったからなの」
クラリッサは真剣な表情でセシルを見つめた。セシルも神妙な面持ちでクラリッサの言葉を待った。
「王妃候補になると教育の一環として会議に出席するようになるの。この会議においての王妃の立ち回りというものはとても難しいの」
クラリッサはそう言うと一度言葉を切り、紅茶の注がれたカップをそっと握りしめた。
「偉い人たちはね、本音では王妃に何も言わずにただ座っていて欲しいの。でも、本当に何も言わずに座っていたら、国政に興味の無い無能な王妃だと陰口を言うの。・・・勝手よね?」
そう言ってクラリッサは少しだけ微笑んだ。その微笑みがどこか悲しげに見えて、セシルはそれがクラリッサの実体験ではないかと思った。
「・・・何も言わないわけにはいかないわ。けれど、何を言ってもいいというわけでもないの。王妃の会議における権限は国王の次に強い。発言一つで国の行く末をも左右する可能性があるわ。だから、慎重に的確に意見を述べる必要があるの」
セシルはクラリッサの言葉に少なからず衝撃を受けていた。王妃になるということの重さを改めて実感して思わず目を伏せる。
「ね?難しいでしょう?でもね、基本さえ押さえておけば大丈夫よ」
クラリッサはにっこり笑ってセシルにそう言った。
「・・・基本ですか?」
セシルはそう問いかける。クラリッサはそれに頷いて答え、セシルにこう言った。
「基本が何か分かる?」
セシルはクラリッサの問いかけに胸に浮かんだ言葉を口にした。
「国民や国を想う心、ですか?」
クラリッサはセシルの答えに満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり貴女は分かってるのね。そうよ、それが基本」
クラリッサの言葉を受けてセシルの顔にも漸く笑みが浮かぶ。
「貴女は国王自らが望んだ王妃。婚姻に何の政略が無いことで貴女を伴侶とすることで何も得る物が無いと言う者も少なからずいるでしょう。そういう者達は貴女を観察しているわ。何が国王の心を捕らえたのかを知るためにね」
クラリッサはそう言ってじっとセシルを見つめた。セシルは戸惑ったような表情でそれを受け止めた。
「自分でも分からないって顔ね。多分、陛下は貴女の人柄に惹かれたんだと思うわ。陛下だけじゃない。貴女を大切に思っている人たちはきっと皆そうだと思うの。もちろん、この私もね」
そう言って微笑むクラリッサにセシルは胸が熱くなるのを感じていた。地味で目立たないと言われ続けて来た中で人を思いやることだけは己の誇りとして持ち続けてきた。それが報われたような
気がしたのだ。
「時間はかかるかもしれないけれど、貴女のその人柄は人を引き付ける魅力があるものよ。だからきっと大丈夫。臣下達に貴女が慕われる日がちゃんと来るわ。だから、しっかり勉強して立派な王妃になれるように頑張ってね。私も協力するから」
クラリッサは微笑みを絶やさずに優しくセシルに語りかけた。セシルはその言葉を聞き逃さないように真剣に聞いていた。
「・・・はい。お母様のご期待に添えるように頑張ります」
セシルは泣きそうになるのを堪えてそう言った。それにクラリッサがそっと頷く。
「さぁて、難しい話はこれでおしまい。セシル、貴女と陛下の話を聞かせて」
クラリッサは声の調子を少し高めに変えてセシルにそう言った。
「私と陛下の話・・・ですか?」
セシルが戸惑っているとクラリッサは拗ねた子供のように俯き加減になってこう言った。
「陛下に聞いても照れちゃって何も教えてくれないのよ?ねぇ、陛下は貴女の前ではどんな感じなの?」
まるで少女のようにコロコロと変わる表情にセシルの顔にも思わず笑みが浮かぶ。
「・・・内緒です」
セシルも何だか恥ずかしくてそう答えた。するとクラリッサはがっかりした顔をした。
「まぁ、セシルまでそんなことを言うの?!二人して酷いわ!」
この後、二人は親子というより同い年の友人のようなやり取りを続けながら昼下がりのティータイムを満喫したのだった。