第71話
「分かったであろう、伯爵。あの二人にはブルックナー家に居る資格など無かったのだ」
エドアルドがそう言うとアロイスは俯いて頭を抱えた。その姿をじっと見つめていたエドアルドは徐に口を開く。
「そう悲観することもあるまい。お前にはもう、新たな妻も跡取りも居るではないか」
エドアルドの言葉にアロイスはハッとして顔を上げ、目を見開いた。その反応をエドアルドはフッと笑ってこう告げる。
「余が何も知らぬと思っていたか?名はエルナと言ったか、お前の愛人は。子供の名はアドルフォだったな。7歳らしいが、伯爵家の跡取りとして教育を始めるにはまだ十分に間に合うな」
エドアルドがニヤリと笑ってアロイスを見つめてくる。アロイスはそれを茫然と受け止めることしか出来なかった。エディタの不貞を暴かれた時点で自分の隠し事も露呈することは十分あり得ることで
あるのに、先の事実の動転したアロイスはそのことまで頭が回っていなかった。
「丁度良かったではないか。エディタ親子をブルックナー家から叩き出し、エルナ親子を迎えてやれ。調べさせたが、アドルフォという息子は確かにお前の子で間違いないようだぞ?ブルックナー家の真の後継者だと言っていいだろう」
「しかしながら、エルナは・・・」
アロイスは漸くそれだけ返すことが出来た。アロイスが言いたいことを理解したエドアルドは小さな溜息をついた。
「確かに、エルナは伯爵家に嫁ぐには身分が足りぬな。その点の協力は惜しまぬ。アドルフォの方はそのままブルックナー家の養子として先に迎えてやれ。エルナの方は然るべき貴族の家に一度養子に入って後でそこから嫁げばいい。養子縁組先は余の方で用意しよう」
アロイスはよく回らない頭の中で疑問を抱いていた。何故、陛下はそこまでしてくれようとするのだろうかという疑問だった。
「伯爵、疑い続けた過去に別れを告げ、新たな未来に目を向けよ。お前は前に進まねばならぬ。セシルのためにも、エルナ親子のためにも、そして何よりお前自身のためにな」
先程の冷徹な態度を止め、穏やかに諭すようにエドアルドがそう言った。その言葉を聞いたアロイスはエドアルドの真意に触れ、言い表せない感動を覚えていた。
一介の貴族に過ぎない自分を気遣い、心を尽くそうとしてくれるエドアルドは真の王であると言っていいのだろう。アロイスはこの方になら娘を託せると改めて思っていた。
「お心遣い感謝いたします。エルナのことは陛下にお任せ致します」
アロイスはそう答えて頭を下げた。それに頷くことで応えた後、エドアルドは再び、冷徹な仮面を被った。
「この男はくれてやる、うまく使え。必要とあらば命を奪っても構わぬ。捕らえた時点でこの男の存在は抹消してある。一度死んだ男を再び殺したところで罪にはならん」
エドアルドの言葉に男はガタガタと震えた。それを見てもアロイスの心は動じなかった。だた、己の欲望に負けて全てを失った男が憐れだとは少し思った。
「畏まりました」
アロイスはただ、そう答えるだけしか出来なかった。
「それから・・・」
エドアルドは一度言葉を切り、何かを振り切るかのようにそっと目を閉じた。再び目を開けた時、そこには迷いの無い顔があった。
「この件をセシルに話すかどうかは父親であるお前の判断に任す。余からは何も告げぬ」
エドアルドの言葉にアロイスは神妙な面持ちでしっかりと頷いた。
「分かりました。セシルのためにどうすべきか、よく考えてみます」
それの答えを聞いてエドアルドはソファから立ち上がった。
「そうしてくれ。ではな、伯爵」
そう言ってエドアルドは部屋を後にした。残されたアロイスは与えられた課題の大きさと知ってしまった真実と知られてしまった真実の重要性に押しつぶされそうになる自分の心を必死に支えていた。