第70話
「申し訳ございませんでした!」
男が大声で叫んだ。それをアロイスは茫然と見つめた。エドアルドが男の髪から手を離し、再びソファに身を沈める。それを見届けてから男は再び俯いて震える声で話し始める。
「奥様の美しさに心奪われ、旦那様が領地視察で留守にしていらっしゃた時、無理やり奥様を自分の欲望のままに襲ってしまいました」
アロイスは男の告白を受け、男が消えた頃のことを思い返していた。
男が消えるのと時を同じくして、エディタが自室に引き籠った。扉越しに声を掛けても体調が優れないが心配はいらないと言い、医者を呼ぶと言ってもそれには及ばないと答え、食事も自室でとるような状態が一週間ほど過ぎ、漸く自室から出て来たエディタはそれまでとどこか違っていた。
アロイスに対し、余所余所しい態度で接することが多くなった。まるで何かに怯えるようにアロイスの視線を避けるような素振りを見せる時もあった。それに何よりアロイスが触れようとするとそれをやんわりとだが拒否するのだ。そんなことは初めてだった。
エディタの身に何があったのか、アロイスは考えたが分からなかった。だが、自分が触れることが負担になるのならそれを控えようと決めた。同じベットに眠っていながらお互いに触れぬように気を使いながら過ごす日々が二カ月ほど経った時、再びエディタが体調を崩した。
二度目の不調の際は渋るエディタを説き伏せて、医者に見せた。医者はエディタは懐妊していると笑顔で告げた。
その時の違和感をアロイスはずっと気付かぬふりをしていた。気付いてはいけないとさえ思っていた。
懐妊を告げられた時、エディタは喜んでいるようには見えなかった。己の腹部に手を当て愕然としたのだ。そう、まるでその事実を受け入れることを拒否するかのように・・・。
その後、エディタはまた自室に篭った。つわりが酷くて一人で寝たいとか、食欲もあまり無いとか色々と理由を述べていたような気がする。
暫くして自室から出て来たエディタは以前のような明るさを取り戻していた。アロイスに対する態度も元に戻っていたし、触れることを拒みもしなくなった。
エディタが何を悩み、何を吹っ切ったのか。今まで見当もつかなかったそれが目の前の男の出現と発言で漸くアロイスの中で明確な答えとなった。
エディタはお腹の子の父親がこの男でないかと悩み、アロイスの子である僅かな可能性に縋ったのだと・・・。