第69話
「・・・くっ」
朝一番で王宮を訪れたアロイスは震え続ける己の手を見つめて苦しげに息を吐いた。部屋に通されてまだそんなに時は経っていないはずなのにとても長い間待っているような気分だった。これから告げられるであろう処罰が如何なるものか想像できないだけにアロイスの緊張は時間と共にどんどん高まって行く。
扉の開く音がした。部屋に入ってきたエドアルドは無表情でその内に宿る感情を窺い知ることが出来なかった。一瞬、気後れしたアロイスだったがすぐにソファから立ち上がり、エドアルドに礼を執った。エドアルドはそれを無言で受け止め、アロイスの向かい側に座り、アロイスにも座るように促した。
向かい合わせで対峙したまま、エドアルドは暫し何も言わずにアロイスを見つめていた。アロイスはその間、生きた心地がしなかった。
「・・・何故、呼ばれたかわかっているな?」
漸くエドアルドが口を開く。アロイスは覚悟を決めて頷いた。
「・・・はい。分かって居ります」
アロイスがそう答えるとエドアルドはアロイスから視線を逸らさずに語り始めた。
「伯爵、余はセシルをお前の娘を心から愛している。本来ならセシルが悲しむようなことは決してしたくはない」
アロイスはじっと耳を傾けている。口を挟む権利など持ち合わせていない。
「だが、お前の息子はそうも言っていられない状況を作り出した。セシルに手を上げたこと、不問に処すことは出来ない。しかし、セシルの立場を守るためには表立って王宮から処罰することも出来ない」
アロイスはエドアルドがセシルを愛していることを今更ながらに実感した。そしてやっと幸せを掴みかけた娘に兄がした仕打ちとそれを止めることが出来なかった自分を再び責めた。
「伯爵、お前の妻と息子をブルックナー家から、いや、この国から叩き出せ。二度と戻ってこれぬよう、何も与えずにな」
エドアルドの言葉にアロイスは思わず問いかける。
「妻もですか?」
命を奪われることも覚悟していたが以外にも処罰は国外追放だった。そのことも驚いたが、エディタまで罪に問われるとは思っていなかった。
「アレをああいう風に育てたのは母親だろう?責任は取ってもらう」
エドアルドの言うことは尤もの様でどこか無理があるように思えた。だが、アロイスはそれを口にすることなど出来るはずも無く、エドアルドの言葉を受け入れるしかなかった。
「・・・分かりました。仰る通りに致します」
エドアルドが小さく頷く。それを見て、アロイスは俯き、独り言のように小さな声で呟いた。
「・・・我が家は私の代で終わるのだな」
その小さな呟きはエドアルドの耳に届いた。エドアルドはまるでそれを待ってかのように口を開く。
「元々、ディレクとかいう息子にはブルックナー家を継ぐ資格など無かったではないか」
エドアルドが発した言葉にアロイスはゆっくりと顔を上げる。
「・・・陛下、それは一体どういう意味でございますか?」
そう問いかけつつもアロイスは心のどこかで怯えていた。ずっと知りたくないと目を背けてきたことを突き付けられる予感を感じていた。
「知らぬふりをするか。あぁ、お前はまだ確証を持っていないんだったな」
アロイスはここから逃げ出したい衝動に駆られた。だが、体が全く動かない。呼吸すら忘れそうな恐怖が全身を駆け巡っている。
「長年の疑念に余が確証をやろう」
エドアルドはそう言いながら、パンと一つ手を叩いた。それを合図に騎士が後ろ手に縛られた男を部屋の中へ連れて来た。エドアルドはその男に歩み寄り、髪を掴んで無理やり上を向かせた。アロイスは反射的に顔を背ける。
「口を割らせるため拷問にかけたが、顔だけは無傷にしておいた。きちんと見ろ、伯爵。誰かに似てはいないか?」
エドアルドに促されては見ない訳にはいかなかった。アロイスは意を決してその男の顔を見た。
「・・・お前は・・・」
その男には見覚えがあった。昔、ブルックナー家で庭師の見習いをしていた男だ。この男はある日突然消えた。庭師は修業がつらくて逃げたのだろうと言っていた。朧げだったその顔を今再びはっきりと認識した時、そこにある面影に気がついた。
男の顔はディレクにそっくりだったのだ・・・。