第67話
「あっさり引いたね。もっとごねるかと思った」
肩を落とし、静かに部屋を去ったゲオルクの様子にテオバルトが拍子抜けしたように呟いた。それを横目でちらりと見てエドアルドはこう言った。
「あいつなりに衝撃を受けたんだろう。だが、所詮はゲオルクだからな。喉元過ぎれば何とやら、第二幕は十分に可能だろう」
エドアルドの言葉にテオバルトは意外そうな顔をした。
「やる気なんだ?第二幕。兄さんの雰囲気から止めちゃうのかと思って僕、ゲオルク兄さんにあんなことまで言ってあげたのに」
テオバルトの言葉に苦笑いを浮かべて、エドアルドは天を仰いだ。
「・・・動き出した船は目的地に着くまで下船できないだろう」
「・・・そうだね。じゃあ次はギルベルトの出番だね。あいつのところには彼がいるからまたうまいことゲオルク兄さんをもちあげてくれるよ」
テオバルトの言葉に軽く頷きながらエドアルドは思っていた。テオバルトの言うとおりこのまま止めても良いかもしれないと一瞬思った。だが、既にギルベルトが第二幕に向けて動いている。今更止めることは不可能な段階だった。
ゲオルクがここまであっさりと身を引くと予想できれば第二幕は必要なかったかもしれないがこれまでのゲオルクの態度からすればその予想は困難であったと言っても誰も咎めはしないだろう。
・・・流石にゲオルクも堪えたか
エドアルドはそんな風に思って何かを堪えるように目を閉じた。そんなエドアルドを心配そうに見つめていたテオバルトは小さく息を吐いて口を開く。
「兄さん。僕は仕上げに行ってくる」
それにエドアルドは頷くだけで応えた。それを受けてテオバルトは退室していった。一人残された部屋の中でエドアルドは自分を鼓舞する。
まだ始まったばかりだ、と・・・。
鬱蒼と茂る国はずれの森の中、ゲオルクの元傭兵達は約束の報酬を手にしようと新たな雇い主の来訪を首を長くして待っていた。暫くして真っ白なローブを身に纏った男が黒衣の男四人を従えて現れた。
「旦那。待ってましたぜ」
そう声を掛けながら纏め役の男が手を差し出す。その手をニヤリと見つめると真っ白な男は腰の剣に素早く手を掛け、一機に引き抜き、その手を切り落とした。
「え?」
男が間の抜けた声を上げると同時に切り落とされた腕から血が噴き出す。それを見て漸く自分の身に何が起こったのかを理解した男は絶叫しながらのたうち回る。
「何なんだ?!何なんだよ?!約束が違うじゃねぇか?!」
男の様子をフッ笑って真っ白な男はこう言った。
「約束?僕はゲオルク殿下より高い報酬を提示されたらそっちに付く?って聞いただけだよ。僕がそれを払うとは一言も言ってない」
このまま此処に居ては命が危ないことを察した傭兵達が逃げようと慌て始める。だが、サッと黒衣の男に取り囲まれてそれを阻まれる。
「さぁ、好きに暴れるといいよ。一人も逃がしちゃダメだよ」
テオバルトの言葉を合図に黒衣の四人組、シュバルツの面々はニヤリと笑って獲物を手に構えた。