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第66話

「お前と話すことなど何も無い!」


ゲオルクが大声で叫ぶ。それを全く意に介さないような顔で受け止め、エドアルドは静かな声でこう言った。


「お前に無くても俺にはある」


その態度はますますゲオルクの怒りを煽り、ゲオルクはこう叫んだ。


「いつも偉そうにしやがって、お前さえ生まれなければ俺が王だったんだ!お前の存在そのものが気に食わないだ!邪魔なんだよ!」


「まだそんなこと言ってるのか。俺が生まれなくてもお前は王にはなれなかったよ」


エドアルドが発した言葉をゲオルクは鼻で笑った。


「フッ、何を言ってるんだ?男児の中で長子である俺が王になるのは当然だろう?」


好戦的な態度を崩さずにそう言うゲオルクに冷たい一瞥を向けるとエドアルドはゲオルクに一つ目の真実を突き付けた。


「王位継承制度が現状のままならな。俺が生まれる前、父上は制度の改正を考えてらしたようだぞ」


エドアルドの言っていることが良く理解出来ずにゲオルクは黙り込む。


「と言っても、俺は直接父上から話を聞かされた訳ではないがな。姉上たちは父上から言われたことがあるらしいぞ。『玉座に着く気は無いか?』とな」


そんなことはあるはず無いとゲオルクは思った。そんなことはあってはならないと思った。


「姉上たちは王になりたくなかったそうだ。だから、俺が産まれたときは本当に嬉しかったと言われたことがある」


確かにエドアルドが産まれたときの姉たちの喜びようは見ていて不愉快なほどだったとゲオルクは思い出す。世継ぎの誕生だとゲオルクの目の前で手を取り合って飛び跳ねていた様子を思い出すと今でも腹が立つ。


「始めから、父上はお前を王にする気が無かったんだよ。何故だと思う?ゲオルク」


ゲオルクは押し黙ったまま考え込んだ。何故だと問われても理由など全く見当がつかない。何がそこまで父の不興を買ったというのだろうか・・・。


「分からないか?まぁ、それが分かるならお前はこんなことを仕出かしたりしないだろうな。ならば質問を変えるか。お前、何故自分が何の役職にも就いていないんだと思う?」


エドアルドの問いにゲオルクは漸く口を開く。


「・・・それは俺が」


「王になるはずだったからか?そんな訳ないだろう。王になるはずだったというならテオだってギルベルトだって俺とお前に何かあれば王になる可能性はあったんだからな。お前は自分だけがその権利を持っていたかのように振る舞っているがテオとギルベルトにもその権利はあったんだよ」


ギルベルトというのはエドアルドとゲオルクの弟だ。歳はテオバルトと同じだが産まれ月がテオバルトより遅いため、王位継承権は第4位とされた。ギルベルトは頭を使う学問より、体を使う体術や剣術を好み、鍛錬を重ね、今ではエドアルドに次ぐ武術の腕を持っている。その武術の腕と飽くなき鍛錬への情熱を買われ、彼は軍事大臣を任され、軍隊の訓練や教育に励んでいる。彼が指揮を執るようになってから軍隊の強さは格段に強くなり、今や列強最強と謳われるまでになった。


優秀すぎる弟たちに良いところを全て持って行かれたかのような人生をゲオルクは歩んできた。王になるのは自分のはずだった。その思いだけだがゲオルクを支えてきたと言ってもいいだろう。それ以外、ゲオルクには縋りつけるものが無かった。


「お前が何の役職にも就いていないのは父上の遺言だからだ。『ゲオルクに権力を持たせてはならぬ』と父上は言い残したんだよ。何故だかわかるか?」


エドアルドが告げた真実にゲオルクは茫然とエドアルドを見つめ返すことしかできなかった。先程までの勢いは消え、その顔には困惑した表情が浮かんでいた。


「・・・分からないだろうな。では質問だ、ゲオルク。この国の領土と国庫の金や財宝は誰のものだ?」


エドアルドにそう問いかけられたゲオルクは何故そんな当たり前のことを問うのかと思った。そして、ゲオルクはこう答えた。


「王だろう?」


さも当たり前のことのようそう答えたゲオルクに今まで黙って事の成り行きを見守っていたテオバルトが声を上げて笑い出した。


「何が可笑しい!?」


その態度にゲオルクが腹を立てて叫ぶがテオバルトの笑いは収まらない。


「あはははは。だって、あんまりにも予想通りの答えだったから可笑しくって。あはは」


「じゃあ、お前は誰のものだと言うんだ?!」


ゲオルクがそう叫ぶように問いかけるとテオバルトはさらりとこう答えた。


「民だよ。この国の領土も金も民の物だ。僕ら王族はそれを預かって運用してるんだよ」


テオバルトの答えにゲオルクは愕然とした。そんなことは考えたこともなかったからだ。


「テオの言うとおりだ。国というは一つの大きな集団だ。集団には先頭に立ってそれを纏め上げる人材が要る。王の役目はそれだ。王は確かに絶大な権力を持っているがそれを支えているのは民の忠誠だ。民の信頼あってこその権力であり、民に嫌われれば一気に崩れる。王宮とは民の信頼の上に立つ砂上の楼閣。守るためには常に民に気を配り、民の生活を思いやる心が必要になる。お前にはそれが出来ない。それに気付いていたから父上はお前に権力を持たそうとしなかった。お前が王になっていたならこの国は2年と持たなかっただろうさ」


ゲオルクは突き付けらた言葉に何一つ返すことが出来ずに項垂れた。王に役目など考えたこともなかった。そこにある絶大な権力とエドアルドが産まれなければ手に入るはずだった自分の立場を取り戻すことしか頭に無かった。民を思いやる気持ちなど持ったことも無い。民など道具だとさえ思っていた。自分が贅沢な暮しをするための道具。エドアルドが民に課している税金を少なすぎると思っていたし、自分が王になったならもっと重い税を課すつもりでもいた。そうすれば自分の暮らしが豊かになると思ったからだ。


民のために生きるなどゲオルクは一度も考えたことが無かった。自分のことしか考えていなかった。それでは駄目だと誰一人教えてはくれなかった。間違ったまま成長し、こんなところまで来てしまったことをゲオルクは初めて後悔した。


「お前を王にと持ち上げていた連中はお前に何も教えなかっただろう?その方が都合がいいからだ。連中はお前が王になれば国政を自分たちの良いように出来ると考えたんだろうな。お前はお飾りの王として最適な人材だったんだ」


ゲオルクは信じていたものが音を立てて崩れて行くような気がした。自分が見ようとしてこなかった現実はこんなにも自分に厳しく冷たいものだったのかと自分を笑いたい衝動に駆られた。


「・・・確かに、お前たちの言うとおり俺は愚か者だったようだな・・・」


小さな声でゲオルクは呟いた。項垂れたその姿はいつもより小さく見えた。


「やっとわかったの?どこまで馬鹿なんだか」


テオバルトが呆れたように言う。それを怒る気力も今のゲオルクには残されていなかった。


「よせ、テオ。ゲオルク、お前には地下牢に入ってもらう。この件は公にはしない。表向きにはお前は病気療養のため王宮を出て郊外に移り住んだことになる」


エドアルドの告げた罰をゲオルクは聞き入れるつもりだった。今まで自分が追い求めてきたことがすべて虚像でしかないことを思い知った今、ゲオルクは全てがどうでもよくなっていた。


「暗い地下牢での生活も母親と一緒ならばそう苦でもないだろう」


エドアルドが言った言葉をゲオルクは一瞬、理解出来なかった。やがてその意味を理解した時、ゲオルクは顔を青ざめて慌てたように言い募った。


「待て!母上は関係ない!これは全て俺一人でやったことだ!」


必死になってそう言うゲオルクに冷たい一瞥を向けるとエドアルドはこう言い放った。


「お前の母親はお前が仕出かしてきたことを今回の件も含めて全て知っているだろう?知っていながらお前を諌めもせず、煽り続けて来た。それにお前がこんな風に育ったのは母親の責任だ。ヘルガも十分に罪人だ」


『エドアルド!俺が悪かった!どんな罰でも受ける!だから、母上だけは!」


尚もゲオルクは言い募るがエドアルドは眉一つ動かさずにこう告げた。


「話は終わりだ。連れて行け」


エドアルドの言葉を受けて黒衣の二人組がゲオルクを無理やり立たせ、部屋から連れ出そうとする。それに必死に抵抗しながらゲオルクは叫び続けた。


「母上だけは見逃してくれ!頼む!エドアルド!」


悲壮な叫び声が響く。エドアルドどこか残念そうな顔をしてそれを見つめていた。


「もっと早く、お前が自分の状況に気付ければ、何の問題も無かったのにな」


静かに囁かれた言葉にゲオルクは絶句する。それはゲオルクが気付くのを待っていたととも取れる言葉だったからだ。


「ゲオルク兄さん、そこまで馬鹿なのに何で今日まで生きてこられたと思う?」


見かねたテオバルトが問いかける。ゲオルクは何となく分かったがそれを言葉にすることが出来すに視線を泳がせた。


「エドアルド兄さんがゲオルク兄さんを守ってたからだよ。ゲオルク兄さんを排斥しようとする動きも暗殺しようとする動きもエドアルド兄さんが阻止してたんだ」


やはり、そうなのかとゲオルクは思った。利用価値の無くなった自分が今日までのうのうと生きてこられたのはエドアルドの陰ながら庇護があったからなのかと・・・。


「エドアルド兄さんはね、自分は他の兄弟の関係者から命を狙われたことが何度もあるのに自分の方からは一度も仕掛けたことがないんだよ。確たる証拠が少なかったってのもあるけど、兄弟の中では誰一人罪に問われた人もいないでしょう?僕とエルンストは兄さんは甘いって何度も怒ったんだけど、兄さんは聞かなかった。ゲオルク兄さんのことも、もう少し待ってみようっていつも言ってたんだよ」


ゲオルクは今更ながらに自分の生き様を恥じた。母親の言葉を盲信し、それ以外を全て遮断し、何も見ようとしなかった自分。そんな自分を見守り続けてくれていた弟をそうとは知らずにずっと疎んじ、殺そうとまでしてしまった自分は本当に愚かで器の小さな男であったと思った。


確かに、自分は王の器ではなかった。それを早い段階で気付いていた父には敬服する。


「・・・エドアルド、すまなかったな」


ゲオルクはそう言うと自ら退室しようと歩きだした。エドアルドはそれには何も応えないでただじっと去りゆく背中を見つめていた。








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