第65話
「・・・殿下、明りが消えました」
報告を受けてゲオルクが小さく頷く。明かりが消えたからといってすぐに突入すべきではないことは分かっている。エドアルドが寝入るのを待たなければならない。その間、ゲオルクは少し考えを巡らせていた。どうも王宮内の警備が手薄だったように思えた。細心の注意を払ってここまで来たことは違いないが、身を隠すような場面が思っていたより少なかった気がする。
・・・王宮の警備とはこんなものだったか?
ゲオルクは何だか腑に落ちないものを感じ始めていた。しかし、先程自分が放った言葉を思い出し、すぐにその考えを払拭した。
天は我に味方している。
警備が手薄な理由は良く分からないが自分にとっては好都合だ。このまま一気に暗殺を推し進めれば自分の望む明日がくる。ゲオルクは顔がニヤけそうになるのを我慢するようにそっと口元を手で覆った。
「・・・殿下、そろそろよろしいかと」
進言されてゲオルクは表情を引き締め、力強く頷いた。
音をたてぬよう、静かにエドアルドの自室の扉を開く。明かりの落とされた室内は窓からの月明かりしか頼るものが無く、それに照らされた美しい銀髪が寝具の隙間から見えていた。
顔立ちも性格もその立場すら大きく違う自分たちが唯一同じだと言えるもの。父親ゆずりの銀の髪。何かが違っていたならば、自分たちはどんな兄弟になっていたのだろうかとゲオルクだって幼いころには考えたこともある。だが、長い年月の中でそんな考えは消え、エドアルドへの憎しみだけが大きく膨らんでいった。
少しの間、身動きせずにベットに横たわるエドアルドを見つめていたゲオルクが意を決して剣に手を掛けた。その瞬間、すぐ後ろに控えていた黒衣の二人組にゲオルクは床に押さえつけられた。
「な、何の真似だ!」
ゲオルクは必死に抵抗したが、二人組の力は強く、振り払うことが出来ない。
「ゲオルク殿下。エドアルド国王陛下暗殺未遂で貴方を捕らえます」
「現行犯ですので、言い逃れは出来ませんよ?」
告げられた言葉にゲオルクは漸く自らが置かれた状況を理解した。自分は何者かに嵌められたのだということを・・・。
「・・・ふふ、あはははは」
ベットから聞こえて来た笑い声にゲオルクは愕然とする。その声はエドアルドの声ではなかった。この声は・・・。
「・・・テオバルト」
ゲオルクが茫然とその名を口にするとそれを合図にしたかのようにテオバルトは起き上がり、ゲオルクを見つめた。
「お久し振りです、兄上様。にしても、こんな手にまんまと引っ掛かるなんてどこまで愚かなんですか?普通の人なら引っ掛からないよ?」
馬鹿にしたような口調でテオバルトがそう言うとゲオルクは激昂して叫んだ。
「黙れ!お前が俺を嵌めたんだな!?ならば、お前も道連れにしてやる!」
「どうやってさ?エドアルド兄さんに僕に嵌められたって進言でもする気?ゲオルク兄さんの言うことをエドアルド兄さんが信じると思うの?」
テオバルトの言うことは尤もでゲオルクは言い返すことが出来ずに悔しげな顔でテオバルトを睨みつけることしか出来なかった。
「後ろの皆はもう下がっていいよ。ここから先は君たち関係ないし。約束の場所で待ってて」
テオバルトがそう言うと黒衣の二人組以外のゲオルクの傭兵は皆、退室していった。自分の傭兵すらテオバルトの手駒になっていた事実にゲオルクは驚きを隠せなかった。
「あいつらが忠誠を誓ってるのは兄さんじゃなくて金だよ?そんなことも分かんないの?」
テオバルトが楽しげにそう言ってゲオルクを見下ろす。今までエドアルドばかりが自分の上にいるのだと思っていたがどうやらそうではないらしい。テオバルトも自分を見下し、馬鹿にしていたことにゲオルクは初めて気付いた。
「・・・そのくらいにしておけ」
寝室と繋がっている書斎の扉が開かれ、そこからエドアルドが現れた。
「・・・エドアルド」
ゲオルクの呼びかけには応えることもせず、エドアルドはベットに歩み寄るとその端に腰かけ、優雅に足を組み、ゲオルクを見下ろした。
「良い格好をしているな、ゲオルク。似合ってるぞ」
「黙れ!」
二人は少しの間、睨み合っていたが、やがてエドアルドが小さく溜息をついて視線を逸らした。
「さて、少し話をしようか。ゲオルク」
エドアルドはそう言って面倒そうに髪を掻きあげた。