第64話
「殿下、いよいよですな」
取り巻きの一人からそんな声が掛かり、ゲオルクは小さく頷いてみせた。今まで間接的に嫌がらせや命を狙う行為を続けてきたが状況は何も変わりはしなかった。ゲオルクが心底憎み、その存在を抹消したい人物は相変わらずゲオルクより高い場所に居て、ゲオルクを見下している。
エドアルドが産まれてから一変した自分の人生。王になるはずだった。王になるべきは自分のはずだった。ゲオルクは常にそう思って生きて来た。周りも彼にそう言い続けて来た。
産まれた順番ではなく、生母の位が高い方が優位であるというだけで剥奪された自分の権利に『何故、母上は側室なのだ!』と母であるヘルガを激しく怒鳴りつけたこともある。その度に謝りながら泣く母を見て、ゲオルクの胸は後悔とエドアルドへの憎しみが降り積もっていった。
だが、それも今夜で終わりだとゲオルクは思っていた。今宵の暗殺計画はうまくいくと信じて疑っていなかった。それというのも数日前から傭兵に加わった男が頭の切れる人物であったからだ。
突然、現れた黒衣の二人組。新しく傭兵に加わったのだと古株の一人に紹介された時には流石のゲオルクもその二人のことを一瞬、怪しんだ。真っ黒なローブに身を包みローブのフードをすっぽりと被ってその表情も窺い知ることができない。だが、すぐにこういうことで金を稼ぐやつらにも素性を隠したいやつらも居るだろうと思い、その警戒心を解いた。
彼らが加わってから傭兵達の雰囲気が変わった。寄せ集めの連中には纏まりと言うものが無かったが彼ら加わってからそれが現れた。剣の腕も立つらしく、練習や訓練において彼らは新人でありながら他の傭兵達から一目置かれる存在になっていた。今回の計画でも積極的に進言し、ゲオルクを助けた。そして何より彼らはゲオルクが久しく聞いていなかった言葉をゲオルクに掛けた。
「ゲオルク殿下こそ、王に成るべきお人です」
幼いころはよく聞いていたはずのこの言葉はゲオルクが成長するに従い、だんだんと聞かれなくなったように思う。特にこの5年間ほどは母からしか聞かなかったように思う。当たり前のことを口にしなくなっただけだろうとゲオルクは考え、特に気にしても居なかったが久しぶりに言霊としてその言葉を聞くと、気分が高揚するのが自分でも分かった。
その言葉に背中を押され、暗殺を計画し、今宵、実行に移そうとしている。
「殿下、エドアルド陛下が執務室を出たと連絡がございました」
伝令役の言葉にゲオルクは静かに振り返る。
「そうか、行き先は後宮か?後宮なら計画は中止だな」
自分で撒いた種だが、先日の一件で後宮の警備は強化されている。忍び込むのは容易ではない。
「どうやら自室のようです。今宵は後宮へは行かれないようです」
告げられた言葉にゲオルクはニヤリと笑った。
「フッ、天は我に味方したようだな。自室の明かりが消えたら突入だ。・・・行くぞ」
ゲオルクは数名の傭兵を引き連れて、夜の暗闇に紛れてエドアルドの自室を目指した。悠然と歩くゲオルクの後ろに付き従いながら黒衣の二人組みは笑い出しそうになるのを必死で堪えていた。
「・・・全部お膳立てしてやったってのに、天は我に味方しただとよ」
「しっ!聞こえますよ。まぁ、あそこまで単純だと笑いたい気持ちも分かりますけどね」
茶番劇の幕が上がる。黒衣の二人組みはそれが楽しみでならなかった。