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第63話

「綺麗に磨いとかないとね~」


亜麻色の巻き毛を肩辺りまで伸ばした髪型のぱっちりたした碧い瞳をもったまだあどけなさを残す顔立ちをしている小柄な少年がその体躯に似合わぬ大鎌を楽しげに磨いている。


「おい、ハンネス。浮かれるなよ」


ハンネスと呼ばれた少年は呼び掛けた人物をムッとした表情で見上げた。


「別に浮かれてないよ。ただ、この鎌を振るう機会がやっと来たから嬉しいだけだよ」


それを浮かれているというのではないか?と呼び掛けた人物は溜息をついた。


「まぁまぁ、グイード。ハンネスだってちゃんとわかってますよ」


グイードと呼ばれた茶髪の長身の男はそう言って来た長い黒髪を低い位置でまとめた眼鏡を掛けた細身の長身の男を振り返る。


「甘やかすなよ、イヴァン」


イヴァンと呼ばれた男は苦笑いを浮かべた。


「甘やかしてるつもりはありませんよ。貴方の小言でハンネスがへそを曲げて仕事をしないと言い出したら私の負担が増えます」


「結局そこかよ・・・」


さも当たり前のことのように言うイヴァンの態度にグイードは心底呆れた。


「ちょっとイヴァン、僕はそこまで子供じゃないよ!」


ハンネスはイヴァンに馬鹿にされたような気がして声を荒げた。


「おや?そうでしたか?それは失礼。子供の相手はやはり難しいですね」


溜息混じりにそう言うイヴァンをハンネスが頬を膨らませて睨む。それを涼しげに受け止めてイヴァンはニヤリと笑った。


「その態度が子供だと言うんですがね?」


ずばりと言われてハンネスが地団太を踏んで悔しがる。二人のやり取りを傍観していたグイードはやれやれといった感じで口を開いた。


「もうよせ、イヴァン。お前の方がハンネスの機嫌を損ねそうだぞ。ハンネスも一々真に受けるな。イヴァンがそういう性格だっていい加減理解しろ」


グイードの言葉を受けてイヴァンは大げさに肩を竦めてその場を離れた。ハンネスの方は深呼吸をして落ち着こうとしているようだ。


「全く、お前たちはいつも下らんことで言い争って、クルトを見習って少しは黙ってたらどうだ」


うんざりしたようにグイードがそう言うとイヴァンがはたと思い立ったように室内を見渡す。


「そう言えば静かですね。・・・って何をしてるんです?クルト」


クルトと呼ばれた黒髪の短髪に浅黒い肌をした大柄な男は手に持ったリンゴを見つめたままで呟いた。


「・・・話しかけるな。これ以上力を込めたらリンゴが砕ける」


クルトは人並み外れた怪力の持ち主で、己が両手だけ戦場を駆け抜ける戦士だ。だが、その人並み外れた怪力をうまく制御できず、日常生活に少なからず支障が出ている。今、彼は掌のリンゴを砕かずにその皮を剥こうと必死なのである。ピーンと張り詰めた緊張感の中、クルトが集中しすぎてプルプルと震える手でリンゴにナイフを宛がう。周りの者はそれを固唾を飲んで見守っていたが堪え切れないと言わんばかりにハンネスがクルトの元に走り寄った。


「あぁもう!危なっかしくて見てらんないよ。貸して!」


そう叫びながらクルトからリンゴとナイフを取りあげたハンネスはくるくると器用にあっという間にリンゴを剥き終え、クルトに差し出した。


「はい!」


「・・・あ、有難う」


差し出されたリンゴをクルトが受け取ろうとした瞬間、リンゴが見事に砕けちった。リンゴを差し出していたハンネスは新鮮なリンゴジュースを思いきり浴びてしまった。


「・・・ク~ル~ト~」


「すまない。いきなり差し出されて制御がうまくできなかった」


本当にすまなそうなクルトの顔を見ているとハンネスはこれ以上怒る気になれず「着替えてくる」と言い残して部屋を出て行った。


「クルト、お前の怪力は確かに戦力の要だが、制御は出来るようになってくれ。お前、昨日も椅子を3脚壊しただろ?」


グイードがそう言うとクルトは益々すまなそうに項垂れた。


「そうだ。椅子でも何でも、敵以外のモノは女性に触れるように優しく触れて見たらどうです?」


イヴァンが然も良いことを思いついたかのように進言する。それを聞いたグイードは眉を顰め、クルトはハッと何かに気付いたような顔をした。


「・・・お前、もっと何か違うモノに例えたらどうよ?」


グイードがそう言うとイヴァンは心外だという顔をした。


「これ以上分かりやすい例えは無いでしょう?グイード、クルトが壊さずに触れられるモノって何か他に思い当たりますか?」


そう言われてしまうと何も思いつかなかった。グイードはイヴァンの言うことにうっかり感心してしまった。一方のクルトは己の掌を見つめ、じっと考え込んでいた。


「・・・なるほど、女性に触れる様にか・・・。やってみよう」


「クルト、大仕事が控えてるからそっちを優先してくれ。制御に気を取られ仕事が疎かになっちゃ困る」


強い決意を滲ませそう言うクルトにグイードが一応くぎを刺す。


「・・・分かっている」


そう言いながらもクルトの目は掌のリンゴにくぎ付けだ。グイードは本当に大丈夫だろうかと頭を抱えた。


「・・・陽が暮れますね」


ふと、イヴァンが呟いた。グイードも視線を窓の外に走らせる。


「あぁ、俺たちの時間が始まる」



彼らはアルコーン王国秘密特殊部隊「シュバルツ」。その任務は主に暗殺や諜報活動などでいわば、王国の闇である。その存在は国王と宰相、そして彼らの直属の上司であるテオバルトにしか知られてはいない。「シュバルツ」はテオバルト自らが人選を行い、教育も施したまさに暗殺と諜報のエキスパートなのである。今回の彼らの任務はゲオルクの件とブルックナー家の件の二つ。どちらも表沙汰に出来ぬ事案故、彼らの担当となった。


「今夜の件だがな。まずは俺とお前で行くぞ。仕上げは全員でやるがな」


グイードがイヴァンに向けてそう言うとイヴァンはとても嫌そうな顔をした。


「・・・面倒ですが仕方ありませんね」


本気で面相そうにそう言うイヴァンを睨みつけつつ、グイードは気を引き締めた。


もうすぐ、夜の帳が下りてくる。

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