第6話
「セシル様。これからどうなさいますか?」
遅めの昼食を済ませたあと、ニコラが問いかける。
「そうねぇ・・・」
ドレスを着替えるにはまだ少し早い時間だった。セシルはどうしよかと窓の外を見つめた。
「庭園に散策にでも行かれますか?」
ニコラは取り敢えず思いついたことを提案した。
「それもいいかもしれないわね」
セシルは花が好きだった。薔薇や百合など豪華な花ももちろん好きだが、それよりも野に咲く草花を好んだ。
此処の庭園は手入れがしっかり行き届いているのだが、庭師の好みだろうか?小さな、ともすれば雑草だと抜かれてしまいそうな草花もひっそりと咲いていた。
セシルはそんな花をそっと愛でるのが好きだった。
「では、参りましょうか」
ニコラはにっこりとほほ笑んでセシルを庭園へと誘った。その道中、刺すような視線を感じ、セシルは小首を傾げる。今までそんな視線を受けたことなどなかったからだ。
不審に思い、周りを見渡すが誰も居なかった。セシルは気のせいかと思い直し、庭園へと歩を進めた。
来なければよかった・・・・
庭園に一歩足を踏み入れた時からセシルは此処へ来たことを後悔していた。普段はセシルのことなど気にも留めていなかった他の側室たちがコソコソと何やら話しながらセシルのことをちらちらと見ている。
急にどうしたというのかしら?
訳が分からないとばかりに首を振るセシルに一人の側室が近づいてきた。
「ごきげんよう。セシルさん」
「ご、ごきげんよう」
まさか声を掛けてくると思っていなかったセシルはどもりながら挨拶を返す。その様が側室たちの失笑を買った。くすくすと笑われ、セシルは顔が熱くなっていくのを感じた。
「・・・先程、随分とたくさんの箱が運びこまれたようですが」
「・・・はぁ」
「まさか、陛下から贈り物だなんてことございませんでしょう?」
扇で口元を隠しながら、そう聞いてくる側室にセシルは何も言えずにいた。その態度に側室が声を荒げる。
「どうなんですの?!」
その剣幕に押されて、セシルがビクリと肩を震わす。何か言わなければと思えば思うほど、口は動いてはくれなかった。
「その、まさかですが?」
何言えないセシルの変わりにニコラが答える。その途端、側室の顔が醜く歪む。
「!・・・へぇ。で?何を戴いたの?」
「ドレスと装飾品を」
それを聞いて、側室は合点がいったように大げさに扇を振りながら笑いだした。
「あぁ。やっぱりねぇ。あはははは」
その様子にセシルの目は驚きに見開かれ、ニコラの眉間に深い皺が刻まれた。
「セシルさん、今宵の夜会に出られるんでしょ?」
「・・・はい」
なんとか返事をしたセシルをまるで汚いものでも見るかのような視線で上から下まで見つめると側室はこう告げた。
「あなたがあまりに地味でらっしゃるから、陛下は着て行くドレスがないんじゃないかと心配してくださ ったんだわ」
セシルはその言葉をドレスの裾を力いっぱい握りしめることで耐えていた。そんなセシルに彼女は尚も言葉を紡ぐ。
「それに、みすぼらしい格好で来られては迷惑だとお思いになったのではないかしら?」
彼女に言葉に周りに居た、他の側室たちから一斉に笑いが漏れる。
「陛下はお優しくてらっしゃるから。あなたにもお慈悲をくださっただけよ?勘違いなさらないこと ね!」
それだけ言うと彼女は庭園を後にした。それを合図にしたかのように他の側室も次々と庭園を後にする。
「申し訳ございません。セシル様」
他に誰も居なくなった庭園でニコラが深々と頭を下げる。
「どうして謝るの?」
セシルは不思議そうに問いかける。
「私が庭園を御勧めしなければ、あのような・・・」
「いいのよ。遅かれ早かれ、こういうことは覚悟してたわ」
エドアルドからの贈り物を受け取った時点でセシルはある程度こういう事態を覚悟していた。だが、しかし・・・
「好きでしている格好だけど、面と向かってああいう視線で見られるのは久しぶりだとしんどいもの ね・・・」
好きでしている地味な格好。それは他の人からどう見えるか。セシルは分かっているつもりだし、それを気にしたことなどない。否、気にしないようにしていた。
此処へ来てからあの視線を受けることが無くなったから耐性が薄れていたようだ。そのことがセシルはなんだか悔しかった。
「セシル様・・・」
心配そうに名を呼ぶニコラにセシルはそっとほほ笑んでみせた。
「大丈夫よ。慣れてるから。私たちも戻りましょ?そろそろ準備しなきゃ」
今だに心配そうなニコラに手を引き、セシルは歩きだした。そんなセシルに手を引かれながらニコラは片手で目元を覆った。
どうしてこうなのだ?どうして泣くことをしないのだ?
いつもこうだ。セシルはこういう時泣かないのだ。辛いはずなのに微笑んでみせるのだ。
いっそ泣いてくれればいいものを・・・
泣いてくれれば慰めることができる。抱きしめてやることもできる。
そんな風に微笑まれたら何も出来ない。
「どうしたの?ニコラ」
「なんでもありません」
ニコラは流れかけた涙を誤魔化しながらセシルの後をついて歩いた。