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第59話

「ゲオルク兄さんを盛り上げるのに成功したよ」


テオバルトがそう言った。それは決行が今夜で間違いないということを意味した。エドアルドは小さく溜息をついた。何かが少しでも違っていたら、こんなことにはならなかったのではないかという先程封じ込めたはずの想いが頭をもたげる。エドアルドの様子にテオバルトが眉を顰める。


「まさか、今更止めたいなんて言わないだろうね?」


テオバルトの問いかけにエドアルドはフッと笑った。


「今更後には引けないことくらいわかっているさ。ただ・・・」


「ただ?」


「あいつがあんな風でなければ、こんな苦労はしなかったのにと思うだけだ」


エドアルドの言葉にテオバルトは大きな溜息をついた。


「もしもの話したって意味無いよ。あの人は愚かな道化師。それが事実さ」


「・・・そうだな」


冷たい態度でゲオルクのことを語るテオバルト。ゲオルクを愚か者と思う人間はテオバルトだけではない。皆、口にこそ出さないがそう思っているだろう。ゲオルクを今でも持て囃しているのは母親のヘルガだけだ。


ゲオルクの栄華はエドアルドが産まれた瞬間に終わりを迎えた。それを良しとすることがヘルガには出きなかったのだろう。当然と言えば当然なのかもしれない。だが、それがこの事態を引き起こしたことも紛れも無い事実と言っていいだろう。


「今夜、ゲオルク兄さんは兄さんを襲撃する。正確には兄さんと入れ替わった僕をだけどね」


テオバルトが確認作業に移った。エドアルドは気を引き締めそれに耳を傾けた。


「兄さんの部屋に踏み込んだ瞬間、僕の部下の合図でゲオルク兄さんの引き連れてる連中が兄さんを取り押さえる。そこで兄さんの登場だよ」


「分かった」


「登場した後は兄さんに任すよ。ゲオルク兄さんに現実を教えてあげて」


現実を教えるという言葉にエドアルドは少し考えるような仕草をした。


「どうしたの?」


それを訝しんでテオバルトが問いかける。


「現実って何をどこまで話せばいいんだろうな」


ゲオルクが知らないこと、知ろうとしなかったこと、解っていないことも解ろうとしなかったこともたくさんあるのだ。語るべき事が多すぎて少々困惑してしまうほどにゲオルクは全てに目を背けていた。正確にはヘルガによって目隠しされていた言ったほうが正しいのかもしれない。


息子を溺愛するあまり、ゲオルクが傷つくようなことを遮断し、自らも一切口にはしなかったのだろう。でなければ、ゲオルクがここまで何も知らぬまま成長するはずがなかった。


「全部だよ。全部話さなきゃ意味ないよ」


テオバルトが呆れたようにそう言った。その言葉にエドアルドは溜息をついた。


「全部か・・・長い夜になりそうだな」


そう呟いて、エドアルドは席を立ち、窓辺に立ち、外を見つめた。


「・・・やはり、あの母親も同罪だな」


エドアルドの囁きはテオバルトの耳にも届いた。


「・・・ヘルガさんの方はね」


テオバルトが徐に口を開く。エドアルドは窓の外から視線を外さずに次の言葉を待った。


「兄さんの暗殺が目的だと解った上で、ゲオルク兄さんが連れてる連中を雇ったことと、ゲオルク兄さんをずっと煽り続けていた事で今回のことが起こったってことで罪に問おうと思ってるんだけど、いいかな?」


エドアルドがスッとテオバルトの方を向き直った。


「ヘルガはこの件を知ってるのか?」


「それは抜かりないよ。ゲオルク兄さんの取り巻きの一人にヘルガさんに泣きつかせたんだ。『ゲオルク殿下がエドアルド陛下の暗殺まで計画してる。自分たちはそこまで大それたことには協力出来ない』って。それであの人、何て言ったと思う?」


テオバルトが饒舌に楽しげに語るのをエドアルドは無表情で見つめていた。


「ゲオルクが国王になれば、お前たちの将来も安泰よ。しっかり励んでね」


テオバルトはヘルガの言葉をそっくりそのまま伝えた。エドアルドの顔に表情が戻る。その顔には怒りが浮かんでいた。


「止めるとごろか奨励しちゃったんだ。十分、同罪で引っ張れるね」


「・・・そうだな」


自分の子供が罪を犯すことを止めぬ母親。もしかしたら、罪だと思ってもいないのかもしれない。


ゲオルクが王になるのは当然。そのために邪魔なエドアルドを殺すことも当然。


今まで何度か命を狙われてきたエドアルドはその思考回路を理解しているつもりだった。だが、所詮はつもりであって理解しているわけでは無かったのかもしれない。


今回は今までとは違う。間接的にではなく、直接ゲオルク本人が手を下そうとしている。それすら当然なのかとエドアルドはヘルガに対し怒りが込み上げてくるのを感じていた。


「王など、そこまで固執するものでも無いのにな」


怒りを抑え、震える声でエドアルドが呟いた。その様子にテオバルトの顔も曇る。


「あの人たちの中で王というものは絶対権力の象徴でしかないんだよ。だから固執するんだと思う」


「そんな考えだからあいつは!・・・ゲオルクに直接話すべきことだな・・・」


エドアルドは喉元まで出かかった言葉を呑みこんだ。言わなくてもテオバルトは解っているだろう。解っていないのはゲオルク本人だけだ。


「・・・長い夜になりそうだね」


テオバルトがうんざりしたように呟いた。


「あぁ」


エドアルドはそう答えると再び窓の外に目を向け、強く拳を握りしめた。



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