第58話
「セシル、こんなときに悪いが今夜は此処へは来られない」
共に過ごした翌朝、エドアルドは申し訳なさそうにそう呟いた。
「どうしても片づけなければならないことが山積しているんだ。すまないな」
エドアルドの言葉にセシルは一抹の寂しさを感じながらも笑顔を浮かべて頷いた。
「お仕事は大事ですもの。仕方ないわ」
セシルの言葉を受けて、エドアルドはセシルの髪を一撫でして頷いた。
「なるべく早く片づけるつもりだが、もしかしたら・・・長引くかもしれない」
「えぇ。分かったわ」
長引くかも知れないということは今夜だけではなく、暫くこちらへは来られないのかもしれないとセシルは思った。エドアルドは国王であり、公務や執務に忙しいのは重々承知しているつもりだ。セシルは毎晩でも逢っていたいと思わないわけでは無いが我が儘を言うつもりは毛頭なかった。
「ではな、セシル。行ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
セシルの笑顔に見送られ、エドアルドはセシルの部屋を後にした。
自らの執務室に入ったエドアルドはエルンストにこう告げた。
「明日の朝、ブルックナー伯爵を呼び出せ」
「明日ですか?」
「本当は今日にでも済ませてしまいたいがな。今日はこちらの都合が悪い」
エドアルドの言葉にエルンストがすっと表情を引き締めた。
「・・・陛下、テオバルト殿下が最終の打ち合わせをなさりたいと」
「・・・分かった。呼べ」
その言葉を受け、エルンストは一礼して退室した。一人残されたエドアルドは大きな溜息をついた。
「ついに、今夜か・・・」
ゲオルクを排斥すべきだという声は今までも何度も上がっていた。その度にもう少しだけ様子を見ようと周りを諌めて来たのは他ならぬエドアルド自身だった。だが、それを知らぬゲオルクはあろうことかセシルに手を出し、その命すら危険に晒した。もはや許すことが出来なかった。
いつかゲオルク自身が変わる時が来る、解る時が来るだろうとずっと待っていたがとうとうそれは訪れはしなかった。
ゲオルクに何が欠けているのか、それを教えてやるのは容易い。だが、自分自身で気が付かなければそれを真の意味で習得することは出来ない。上辺だけ取り繕って分かったふりをしているだけでは駄目なのだ。ゲオルクに欠けている何かとはそういうものだった。
本来なら、母親や乳母が幼少の頃からそれを教えてやらなければならないのだがゲオルクはその機会にも恵まれなかったようだった。間違った教育を受けたという点では少なからず同情も抱く。
コンコン
扉を叩く音が部屋に響き、エドアルドは考えるのを止めた。
「入れ」
扉を開いてテオバルトとエルンストが中へ入ってくる。
「兄さん、いよいよだね」
楽しげにテオバルトが言う。それに小さく頷いて、エドアルドは胸の片隅にあるゲオルクを不憫に思う気持ちを固く封じ込めた。
もはや、後戻りはできない。