第56話
「何だと?!」
舞踏会を終えたエドアルドの元にセシルがディレクに暴力を振るわれたとの一報が入った。エドアルドはそれを聞いて大変驚いた。
「セシルの具合は?」
報告を持ってきたエルンストに早口に問いかける。
「頬が少し腫れておいでで、口の中を少し切られたようです。平手で叩かれたようで、骨には異常は無いだろうとのことです」
エルンストの言葉にエドアルドは今すぐセシルの元に駆け出したい衝動に駆られた。だが、それを堪えてその場に留まった。
エルンストと話し合わなければならないと思ったからだ。
「・・・母親と兄が来ているなんて報告は受けていないぞ?」
知っていれば面会になど行かせなかった。エドアルドは自らの行動を悔いた。
「恐れながら、あの件は極秘事項です。知っている者は一部しかおりません。ですから・・・」
「ブルックナー家が一家総出で来ていても誰も不審に思わない、か」
エルンストの言葉をエドアルドが引き継いで呟く。セシルの立場を守るために極秘に事を進めていたことが裏目に出た。エドアルドはギリっと歯軋りして窓の外を睨みつける。
「どうなさるおつもりですか?」
エルンストの問いかけにエドアルドは窓の外から視線を外さずに応える。
「どうするも何も、表立って処罰すればこの件が公になる。芋づる式にあの件も公になりかねん。そうなっては大臣連中が黙っていまい」
エルンストの顔が曇る。エドアルドの言うことは尤もだ。これはセシルの立場を危うくするに足る大事件なのだ。
「この件はすでに戒口令を出しました。後は対処の問題だけです」
その対処が一番難しいことをエドアルドもエルンストも分かっている。下手をすればセシルの立場はもちろんだが、ブルックナー家の存亡にも関わる。
ふっとエドアルドが溜息をついた。そして、窓の外から視線を外してエルンストの方へ向き直る。
「当初の計画通りに事を進めるしかあるまいな・・・」
「しかし、それでは・・・」
「本来なら極刑にせねばならぬ事案だがな」
それが出来ぬ状況であることが腹立たしい。しかし、怒りですべてを台無しにするわけにはいかない。セシルを手放すことなどエドアルドには出来はしないのだから。
エドアルドは湧きあがる怒りをグッと堪えて冷静に物事を考えることに努めた。
最善策などありはしないのかもしれない。だが、諦めるわけにはいかない。
「エルンスト、準備を進めておけ。あの件が片付いたらこの件へ移るぞ」
あの件とはゲオルクの件だ。決行が目前に迫っているためそちらを優先するしかない。
「畏まりました」
エルンストはそう答えてエドアルドの執務室を後にした。
「何でこうも次々と・・・」
エドアルドは苦々しい気持ちでそう呟いた。そして、セシルの元へ行くために自らも執務室を後にした。