第54話
「こちらです」
コンラートの案内で着いた王宮の中の一室。この中に父が居る。セシルははやる気持ちを抑えて、その扉を叩いた。
「はい」
中から聞こえて来た父の声にセシルはうっすら笑みを浮かべて扉を開く。だが、次の瞬間、その顔から笑みが消えた。
そこには居るとは思っていなかった人たちが居たのだ。
思いも寄らなかった人物の出現にセシルは扉を開いた状態で固まる。その様子を訝しげに見ていたニコラの耳に聞き覚えのある声が届いた。
「何してるの!早く入ってらっしゃい!」
・・・奥さま?!
怒鳴られて肩をビクッと震わせたセシルはおずおずと中に入って行った。
セシルが中に入る際、ニコラはちらりと中を窺った。部屋の中にはアロイスのほかにエディタとディレクの姿が見えた。
そんな・・・お二人までいらっしゃってるだなんて・・・
前回はアロイス一人でここに来ていた。だから、今回もそうだろうとセシルもニコラも思っていた。それなのに何故二人も来てしまったのだろうか。ニコラは胸騒ぎを感じずには居られなかった。
「さっさとこちらに来て座れ。本当に愚図だな。お前は」
ディレクが吐き捨てるように言う。その態度にセシルは久々に胸が痛くなるのを感じた。
「よさないか!ディレク!」
アロイスがディレクを咎めるがディレク本人はそれを気にする様子も無い。険悪な雰囲気の中、セシルは皆に歩み寄り、ソファに座った。
「それにしてもうまくやったもんだな、セシル」
ディレクがそう言いながらニヤリと笑った。
「何の取り柄も無いと思っていたが、そちらの才能はあったらしいな」
ディレクが何を言いたいのか分からずにセシルは黙って兄を見つめていた。
「国王陛下を体で誑し込んだんだろう?よほど具合がいいんだろうな」
ディレクが言わんとしていることを漸く察したセシルはボッと赤面した。
「何て事を言うんだ!お前は!」
はしたない、下世話な邪推にアロイスが声を荒げる。そんな態度もディレクにはどこ吹く風で尚も言葉を続ける。
「だって父さん、他に何があるっていうです?」
然も面白そうに言うディレクを見ているうちにセシルは憤りを感じていた。
皆、どうしてすぐにそこに話を繋げるのだろうか?他にも大切なことがあるではないか。エドアルドの寵愛を受けるようになってこのような邪推を受けることが多くなった。
その度に感じていた憤りがセシルの中で爆発した。
「どうしてそういう風にしか物事をみようとしないの?確かに、私と陛下の間に何も無いとは言わないわ。だけど、そうなる前から陛下は私を愛してくださっていたし、私も陛下を愛していたわ。男女の間で大切なことは体の交わりだけでは無いわ。心と心が繋がることこそ大事なのよ。心と心が繋がっていないのに体を繋いだって虚しいだけだわ」
思いかげずセシルに反論されたことでディレクは怒りに我を忘れた。
そして・・・
「よせ!ディレク!」
気付いたアロイスが止めようとしたが一歩間に合わなかった。
パァァン!
乾いた音が部屋中に響き渡った。