第53話
「ブルックナー伯爵」
国王陛下と踊る娘を茫然と見つめていたアロイスは不意に声を掛けられた。振り返ると王宮の従者が立っていた。
「セシル様はこの後、皆さまとの面会に入られます。先に別室にお越し下さい」
従者の言葉にアロイスは驚いてこう聞いた。
「面会は可能なのか?」
セシルの今の立場からすれば自分との面会より舞踏会を優先されるのでは無いかとアロイスは内心寂しさに駆られていたのだ。
「はい。セシル様は元々そのために舞踏会に出席なさったのですから、それを妨げることは出来ないと、陛下からセシル様へのご配慮です」
従者の言葉にアロイスは改めてセシルは国王陛下から愛され、大切にされているのだと思い知る。
「・・・分かった。行こう」
アロイスがそう言って歩きだした時、徐に従者が口を開く。
「奥さまとご子息もどうぞ、こちらへ」
従者の言葉にエディタは慌てた。セシルに逢う気など無いのだ。
「い、いいえ。私たちはこちらで・・・」
その様子を気にも留めずに従者はにっこりとほほ笑んだ。
「御冗談を。さ、こちらへ」
その笑みには有無を言わせぬ何かがあった。エディタとディレクは仕方なくアロイスと共に会場を後にしたのだ。
楽曲の演奏が終わり、エドアルドとセシルがダンスを止めると周りからパラパラと拍手が起こった。元々大歓声など期待していなかった二人は気にする様子もなくそれを受けながら壇上へと戻った。
「セシル、次の楽曲が終わったら下がっていいぞ」
席に着くとエドアルドがそう言った。
「はい。分かりました」
セシルはそう答えると小さくため息をついた。
先程の登場もエドアルドとのダンスもきっと父は見ていたはずだ。余裕が無く父の姿を探すことは出来なかったが、あの時点ではまだ会場に居たはずだ。
きっとすごく驚いたでしょうね・・・・
セシルは父を想うとやはり居た堪れない気持ちに囚われる。驚かす気など無かったが結果的にそうなってしまったことが、どうしても申し訳ないと思ってしまうのだ。
「セシル様、そろそろ・・・」
コンラートに声を掛けられ、セシルはハッとする。物思いに耽っている間に楽曲が終わったようだった。
「分かったわ。陛下、それでは行って参ります」
セシルは気持ちを切り替えてエドアルドのそう告げた。
「あぁ。こちらの事は気にしなくていいから、ゆっくり過ごせ」
エドアルドはそう言ってセシルを送り出す。
「はい。有難うございます」
エドアルドに一礼し、壇上から出ようとしたセシル一行にエルンストが声を掛ける。
「コンラート殿、面会は先日と同じ部屋です。頼みますよ」
「はい。セシル様、参りましょう」
王宮に不慣れなセシルにとって王宮に詳しいコンラートやアルトゥルの存在は有難いものだった。
「えぇ、よろしく」
セシルはそう言ってコンラートの後に続いて歩き出した。