第52話
「セシル、行くぞ」
国王陛下の登場を告げるファンファーレが鳴り響いた瞬間、エドアルドがそう声を掛けた。セシルは短く深呼吸をして頷いた。セシルに付いていくことになっているニコラ、コンラート、アルトゥルも表情を引き締めた。
扉が開かれた。セシルはエドアルドに手を引かれてその中へ誘われる。
ここは会場の中で一際高い場所。国王と王妃の席のある場所。
セシルは恐る恐る眼下に視線を走らせる。そこには様々な表情があった。
いつもは一人で登場する国王は女性を伴って現れた。それが意味することを会場の面々は瞬時に理解した。
王妃が決まったのだと・・・。
驚く者、悔しさを滲ませる者、面白がっている者、面白くなさそうにして居る者・・・。
そのすべての視線がセシルの向けられていた。セシルは思わず俯きそうになる。その時、握られた手に力が込められた。ハッとしてセシルがエドアルドを見上げるといつもの優しい笑みがあった。
「セシル、下を向くな、笑え。大丈夫だ、俺が守る」
小声でセシルにだけ聞こえるように囁かれた言葉にセシルの顔に自然と笑みが戻る。
「・・・はい」
セシルは正面を向き直し、観衆に向かって微笑みかけた。そして、エドアルドが席に着くのを待って自分も席に着いた。
アロイスとエディタは茫然と壇上を見上げていた。国王陛下が入って来た時誰かを伴っているのは何となく察した。その誰かが鮮明になった時、二人は普段では考えられないくらい息の合った反応を見せた。その誰かとは他ならぬ自分達の娘であったのだから当然なのかもしれない。
「・・・どういうことなの?」
エディタが信じられない物を見たかの様に呟く。
「・・・セシルは陛下に気に入られていたんだ。だが、ここまでとは・・・」
それが耳に届いたアロイスが壇上を見上げたまま応えた。
「気に入られていた?あなた、何も言ってなかったじゃない!」
エディタがアロイスに食ってかかる。その態度にアロイスは心底うんざりしたようにこう言った。
「セシルのことを気に掛けても居なかったくせに何を言ってるんだ」
アロイスの反論にエディタは何も言い返せずに苛立った様子でそっぽを向いた。
そんな両親の様子を横目に見ながらディレクは壇上を見上げニヤリと笑っていた。
「・・・あのセシルがねぇ・・」
愚図だと思っていたがどうやら役にたったらしい。ディレクはそう思っていた。
会場のざわめきが少し治まった頃、エルンストの合図で楽団の演奏が再開される。
「そう言えば、セシルはダンスの心得はあるのか?」
エドアルドが不意に問いかける。今更な質問にセシルは苦笑いを浮かべた。
「教養として稽古は受けたわ。男性と踊ったことはないんだけど・・・」
セシルが恥ずかしそうにそう告げる。
「稽古を受けているなら十分だ。それにお前の初めてのダンスの相手を務めるのが俺だということが嬉しい」
照れもせずそう言うエドアルドにセシルの方がなんだか照れてしまう。
「さぁ、行こうか」
エドアルドが席を立ち、セシルに手を差し伸べる。
「はい」
セシルはその手を取って席を立った。
エドアルドに手を引かれ、壇上を降りる。エドアルドが歩を進める度に人々がさっと道を開ける。両脇に人の壁が出来る中、セシルは会場の中心へと辿り着く。
「基本がわかってるなら大丈夫だ。俺に合わせればいい」
手を取り合い、向かい合って微笑み合う。
「はい。陛下にお任せします」
セシルの返事を得て、エドアルドが動き出す。
優雅に踊る二人を会場の人々は様々な想いで見つめているのだった。