第51話
「始まったみたいね」
楽団が奏で始めた華やかな音楽と一気に増えた会場の人波にエディタが呟く。
「あぁ、そうだな」
それに対してアロイスはそれだけ応えた。セシルに逢うことが目的であるアロイスにとって華やかな舞踏会はおまけのようなものだ。楽しむ気はさらさら無かった。
「・・・あなた、踊りましょうよ」
エディタがそっと切り出す。アロイスは驚いたような表情でエディタを見つめた。
「どういう風の吹き回しだ?」
エディタがアロイスに対して踊ろうなどと誘ったことは新婚当初以来のことだった。段々とそれが無くなり、アロイスが誘っても乗ってこなくなった。そして、アロイスもエディタを誘うことをやめた。
二人でこういう場に来てもそれぞれが好きなように過ごしてきたのである。
「・・・王宮に来てまで、他の人と踊るわけにはいかないでしょ」
エディタが仕方が無さそうに言った。
「・・・そうだな、踊るか」
アロイスもそれはそうだろうと思った。いつもの場ならブルックナー夫妻が夫婦仲がうまくいっていないのは周知の事実だが、この場では違う。
後宮で暮らすセシルにとっても家庭がうまくいっていないことはマイナスになるだろう。アロイスはセシルを想ってエディタの提案を受け入れることにした。
一方、ディレクはというと、誰かと踊る気にもなれずに壁際で佇んでいた。
自分に絶対の自信を持ち、プライドも高いディレクは女性の理想も高い。他の若者の様に誰かれ構わず声を掛けるという真似がどうしても出来ないのだ。
ふと、両親が踊っている姿が目に入った。普段はいがみ合っている二人だがああしている姿を見ると案外似合いの二人に見えた。父のことは好きにはなれないが、こうして客観的な視点で見ればいい男にも見えた。
ディレクは時間が経つにつれ、先程のアロイスの言葉は気になり始めていた。
『お前は不思議なほど私に似ていないがな』
確かに似ていないとは思う。そして、それを喜ばしいと思ったことがあるのも事実だ。それでもと思う。
妹は基本的に父に似ているが母の面影が全くないわけではない。では、自分はどうだろうか?とディレクは考える。
母に似ていない訳ではないが自分の顔には誰か別の人間の面影が見え隠れしている気がする時がある。そして、それは父ではないような気がするのだ。
「・・・そんなわけないか」
そこまで考えて、ディレクはあり得ないというように呟いた。いくら両親が不仲とはいえそこまではしていないだろうとディレクは思った。
やはり自分はあの父の子供なのだろう。分かりあえなくても自分たちは親子なのだろうとディレクは溜息をついた。
楽団の演奏が終わり、ファンファーレが鳴り響いた。
「国王陛下のお出ましか」
ディレクはそう言うともう少し近くでその姿を拝見しようと壁際から離れた。