第50話
「陛下の御着きです」
廊下から聞こえた声にセシルはサッと立ちあがり、扉を見つめた。そして、開かれた扉から見えたエドアルドの笑顔に自分も微笑み返して見せた。
「待たせたな、セシル」
エドアルドは優しく声を掛ける。それに対してセシルは小さく首を振った。
「私が早く来てしまったんだもの。気にしないで」
セシルの言葉にエドアルドは軽く頷きながら、クラリッサから贈られたドレスを着たセシルをまじまじと見た。
「へぇ、良く似合ってるじゃないか」
「そう?良かった」
似合うと言われてセシルはそう言ってはにかんだ表情を浮かべた。自分でもそう悪くないと思っているし、皆も口々に似合うと言ってくれているがエドアルドからそう言われるのはまた特別な響きを持ってセシルの心に届いたような気がした。
「・・・しかし、本当にセシルは母上に気に入られたんだな」
エドアルドがしみじみとそう言った。意味がよく分からず、セシルは小首を傾げる。
「母上はそのドレス、結構気に入ってたと思うぞ。確かそれを着た姿の肖像画があったはずだからな」
エドアルドの口から飛び出した思いもよらない言葉にセシルは驚いた。
「そんな大切なドレス、本当に戴いても良かったのかしら・・・」
表情の曇ったセシルにエドアルドは諭すようにこう言った。
「母上がご自分で決めたことだ。それほどお前に・・・俺が選んだ人に謝意を示したかったんだろう」
「謝意?」
「息子を愛してくれて有難うって意味だよ」
セシルの問いかけにエドアルドは少し照れたような顔をしてそう答えた。その答えにセシルも思わず赤面する。
「・・・お話中、申し訳ありませんが」
エドアルドと共に部屋に入ってきたというのに今の今まで存在を忘れ去られていたエルンストが徐に声を掛ける。その声にセシルはハッとし、エドアルドは不機嫌そうに溜息をついた。
「・・・何だ?」
不機嫌なことを隠す気も無いような声でエドアルドが問う。その態度にエルンストはクイッと片眉を上げたが咎めまではしなかった。
「そろそろ刻限です」
「え?」
エルンストの告げた言葉にセシルが思わず会場に繋がる扉に目をやるとその向こうから楽団の奏でる音色が響いた。それが耳に届いた時、セシルはキュッと拳を握りしめ扉を凝視した。そんなセシルの様子に気付いたエドアルドがそっとその手を取った。ハッとしてエドアルドを見上げるセシルの瞳には不安が見て取れた。エドアルドはそれを受け止め、優しく微笑んだ。
「何も気負う必要は無いぞ。お前はお前らしくしていればいい」
「私、らしく?」
戸惑った表情のままそう言うセシルの耳元にエドアルドはそっと顔を寄せて呟く。
「俺の愛したお前らしくな」
「陛下!」
耳元で告げられた言葉と耳に掛かったエドアルドの吐息にセシルは気恥かしくてつい語気を強めた。そんなセシルにエドアルドは悪戯が成功した子供のような表情を浮かべて笑っているだけだった。その表情を見ているとセシルの中の不安や緊張が消えて行くようだった。
「・・・陛下、有難うございます」
セシルがにっこりと微笑んでそう言った。エドアルドの表情もいつもの笑顔に戻った。
「礼を言われるようなことは言っていないがな」
「いいえ。緊張のあまり、大切なことを見失いかけていました」
セシルは小さく深呼吸をした。エドアルドはそれをただ見守っていた。
「私は私らしくいます。これからもずっと」
エドアルドの瞳を見つめ、セシルはそう宣言した。それを受けてエドアルドが力強く頷く。
「そうだ、それでいい」
今度はセシルが力強く頷く。二人は舞踏会会場へ続く扉を見つめて自分たちの未来に思いを馳せていた。