第5話
「・・・まぁ」
ニコラは箱から取り出したドレスに感嘆の声を上げた。そんなニコラの声にセシルもドレスに目を向ける。
普段、セシルが身につけているドレスよりも幾分豪華な、それでも、他の側室が身につけているドレスよりも幾分質素な其れがニコラの手に抱えらていた。
「こちらは靴、これは首飾り、こっちは耳飾り、これは扇で、こっちは髪飾り・・・」
中身を確認しながらニコラは次々に箱を開封していく。目の前に広げられていく豪華な装飾品にセシルはなんだか恐ろしくなった。
「・・・本当に戴いてもいいのかしら?」
茫然とつぶやくセシルにニコラは片眉を上げた。
「まだそんなことをおっしゃって・・・」
「でも・・・」
「セシル様」
咎めるように名を呼ばれてセシルは口を噤む。俯き、下唇を噛むセシルにニコラは溜息混じりに話しかけた。
「物は考えようですわ。夜会に着て行くドレスが手に入ったのですから、良かったでではないですか?」
ニコラの言葉にセシルは頭を上げ、小さく首を傾げる。
「セシル様、奥様が無理やり持たせたあの豪華絢爛な派手なドレスに袖を通す気が御有りでした?」
ハッとして、セシルは部屋の片隅の衣装箱に目をやる。それは此処に来てから一度も開けたことない衣装箱。セシルの母が夜会用にと無理やり持たせた物だった。
夜会用に、と前置きされるだけあってそのドレスはどれも派手な物だった。質素な装いを好むセシルの好みなど全く無視した母好みのドレスはセシルに似合うかどうかすら考慮されずに仕立てられた言わば母の自己満足の賜物だった。
「・・・あれを着た自分なんて想像すら出来ないわ」
セシルはうんざりしたように呟いた。
「そうでございましょうね。では、セシル様。一体何を着て夜会に御出になるつもりでらっしゃいまし た?」
言われてセシルは考え込む。普段着ているものは地味すぎて夜会には不向きだ。自分持っている一番派手な服ですら夜会となれば地味な気もする。
・・・そうか、そういえば・・・
「着て行くものが無かったわ・・・」
今、気付いたのかとニコラは内心呆れた。しかし、そんなところがセシルらしいとも思った。ドレスの件は手持ちの一番派手な物を着せ髪型や化粧で誤魔化すつもりであったのだがその必要はなくなった。
この幼い主は貴族という暮らしの中にあっても汚れず、無垢なまま成長を続けている。
着飾ることに興味が無く、宝石にも興味が無く、人を疑うことを知らず・・・。
人を疑うことを知らぬはこの後宮では危険であることをニコラは気付いている。だからこそ、ニコラは誓ったのだ。
セシル様をこの後宮から救い出す。
「そうです。着て行くものがなかったのですから、丁度良かったとお思いになればよろしいのです」
語気を強めてそう言われてセシルは思った。
本当にそれでいいのだろうか?
思案顔で黙り込むセシルにニコラは再び溜息をつくと頭の中は別のことを考えながら、広げられたドレスや装飾品を片づけ始めた。
どうせなら、王妃として此処から出ていただきたい。
そのためにセシルにはエドアルドの目に留まって欲しいと願った。ニコラの胸にはそんな野心があった。主人が一欠けらの野心も持っていないのだ。自分が動くしかないではないか。ニコラはそう思っていた。
「ニコラ?」
怒ったような顔で片づけをしているニコラにセシルは戸惑い混じりに声をかけた。聞こえなかったのか返事は返ってこない。
「ニコラ?」
もう一度、今度は少し大きな声で呼ぶ。すると、片づけの終わったニコラが漸く顔を上げた。その表情は相も変わらず、どこか怒っているようでセシル少しだけ口を開くのを躊躇った。
「・・・お前のいうように、丁度良かったとは思えないのだけど・・・」
ニコラの表情は変わらない。いや、少々眉間の皺が深くなった気がする。
「戴いた物を返す訳にもいかないし、袖を通さない訳にもいかないことは分かっているつもりよ?」
そこまで聞いて、ニコラの表情が幾分和らいだ。
「それならば結構でございます。セシル様、私は昼食を取りに行って参ります。」
エドアルドからの贈り物を全面的では無いにしろ、セシルが受け入れる気になってくれただけでニコラは満足だった。一礼し、退室していくニコラの背中を見つめてセシルは苦笑いを浮かべていた。
親と変わらない年齢のニコラ。彼女は侍女というより、乳母のような役割を担っていたように思う。セシルの乳母は本当に形ばかりの乳母でセシルが成長すると養育を半ば放棄していた。セシルに礼儀作法を教えたのも、勉強を教えたのも、全て乳母ではなく、ニコラだった。
だからだろうか?どうもセシルはニコラには頭が上がらなかった。
「まるで、ニコラが私の母のようだわ」
呟いてくすっと笑ったセシルだが自身の母を思い出し、すぐその瞳が暗く曇った。